AIモデルにより加齢造血幹細胞の「司令塔」Pbx1を発見 ―赤血球産生の低下と血小板への偏りを生む遺伝子ネットワークを解明―
2026.8.25 Tue
研究発表のポイント
- 加齢した個体の造血幹細胞1では、最も未分化な幹細胞としての性質を保つ遺伝子プログラムと血小板系へ分化する準備状態を示す遺伝子プログラムが、同じ細胞内で同時に働いていることを明らかにしました。
- AI単一細胞遺伝子発現モデルGeneformer2を、若齢・加齢造血幹細胞のデータで追加学習して、実験的な検証を組み合わせることで、加齢造血幹細胞の遺伝子制御ネットワーク3の中心的な因子としてPbx14を同定しました。
- Pbx1が赤血球分化に必須のGata15の誘導を抑制することで、赤血球産生の低下と相対的な血小板産生へ偏らせる仕組みを明らかにしました。本研究成果は、加齢に伴う貧血、血栓傾向、造血器腫瘍(血液のがん)の理解を深め、新たな治療法の開発につながることが期待されます。
概要
造血幹細胞は、生涯にわたって赤血球、白血球、血小板などを産生する長寿命の細胞です。加齢するとその数は増加しますが、血液を再構築する能力は低下し、赤血球やリンパ球の産生が減少する一方、血小板や骨髄球系細胞を産生しやすくなりますが、その制御因子は明らかになっていませんでした。
東北大学大学院医学系研究科幹細胞医学分野と国立健康危機管理研究機構国立国際医療研究所造血システム研究部の研究グループは、若齢および加齢マウスの造血幹細胞について、単一細胞RNAシーケンス6、AI解析、遺伝子発現・エピゲノム解析および移植実験を組み合わせて解析しました。その結果、加齢造血幹細胞は、未分化性質と、巨核球7・血小板系への分化しやすさを同時に備えていることがわかりました。さらに、Geneformerを若齢・加齢造血細胞で追加学習し、AI解析と転写制御因子のスクリーニングを組み合わせることで、Pbx1を加齢造血幹細胞のネットワークの中心因子として同定しました。Pbx1は赤血球分化に必要なGata1の誘導を抑制することで赤血球産生を低下させ、相対的に血小板産生への偏りを引き起こすことが示されました。
本成果は、2026年8月22日に学術誌「Science Advances」に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
造血幹細胞は、骨髄に存在し、自らを複製しながら赤血球、白血球、血小板などの全ての血液細胞を生涯にわたって作り続けます。感染症、出血、抗がん剤治療などで血液細胞が不足した場合には、増殖と分化を活性化して血液システムを再生します。しかし加齢すると、造血幹細胞の数は増える一方で、成熟した血液細胞を作る能力や移植後の再構築能力は低下します(図1)。特に、赤血球やリンパ球の産生が減少し、血小板や骨髄球系細胞に偏った血液産生を示すようになります。このような変化は、高齢者の貧血、免疫機能低下、血栓傾向、骨髄異形成症候群や白血病などにも関係すると考えられています。これまで、慢性炎症、代謝変化、DNA複製ストレス、骨髄環境やエピゲノムの変化など、造血幹細胞の老化に関わる多くの要因が報告されてきました。しかし、これらの要因がどのように遺伝子ネットワークへ集約され、加齢した状態を安定して維持するのかは不明でした。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科幹細胞医学分野、同大学ヘルススパン研究センター(HeSReC)基礎ヘルススパン研究部門 幹細胞ヘルススパン研究分野、および国立健康危機管理研究機構国立国際医療研究所造血システム研究部の田久保 圭誉(たくぼ けいよ)教授・造血システム研究部長らの研究グループは、日本医科大学、東京大学医科学研究所、千葉大学、京都大学などとの共同研究により、さまざまな月齢のマウスから造血幹細胞を採取し、単一細胞RNAシーケンスによって一細胞ごとの遺伝子発現を解析しました。複数のデータセットで加齢に伴って増加する遺伝子を調べたところ、加齢関連遺伝子は大きく二つに分類されました。一つは未分化な造血幹細胞に多い遺伝子群(Group 1)、もう一つは巨核球・血小板系の細胞に多い遺伝子群(Group 2)です。加齢造血幹細胞では、この二つの遺伝子群が同じ細胞内で同時に高く発現していました(図2)。すなわち、加齢造血幹細胞は単に機能を失った細胞ではなく、強い幹細胞性と血小板系への分化準備性を併せ持つことがわかりました。また、Group 1遺伝子は胎生後期から、Group 2遺伝子は出生後から徐々に増加しており、加齢形質は老齢期に突然生じるのではなく、早期から蓄積する連続的な変化であることが示されました。
次に研究グループは、約3,000万細胞で事前学習されたGeneformerに、若齢および加齢マウスの造血幹・前駆細胞を含む10データセット、約16万細胞を追加学習させました。作成したモデルは、互いによく似た造血幹細胞や前駆細胞を区別するとともに、若齢と加齢の違いを高い精度で分類できました(図3)。このAIモデルを用いて、各遺伝子をコンピューター上で仮想的に過剰発現または欠失させるin silico perturbation8を行いました。その結果、Pbx1、Mecom、Selp、Hlfなどを増加させると、若齢造血幹細胞が加齢状態へ近づくと予測されました(図4)。さらに、143種類の造血関連転写因子・制御因子を若齢造血幹細胞に導入し、加齢造血幹細胞に特徴的な分化の遅れを再現する因子を探索しました。①AIによる予測、②実験的スクリーニング、③加齢造血幹細胞での発現増加、という三つの条件を統合した結果、Pbx1を主要な候補として同定しました。
研究グループはさらに、Geneformerの内部で計算される遺伝子間の関連性をattention rollout9によって抽出しました。その結果、加齢造血幹細胞では、若齢細胞にはみられないPbx1を中心とした大きな遺伝子モジュールが形成されていました(図5)。Pbx1は未分化造血幹細胞、加齢関連遺伝子、巨核球関連遺伝子をつなぐネットワークのハブとして位置付けられました。Pbx1を若齢造血幹細胞で過剰発現させると、Pbx1によって増加した遺伝子の最大73.3%が、加齢造血幹細胞で増加する遺伝子と重なりました。また、ATACシーケンス10により、Pbx1が加齢造血幹細胞と共通するクロマチン11状態を誘導することが示されました。Pbx1を過剰発現させた造血幹細胞をマウスに移植すると、移植後早期の赤血球産生が低下し、血小板/赤血球比が上昇しました(図6)。詳しく解析すると、Pbx1は赤血球分化に必須のGata1遺伝子の誘導と、その遺伝子領域のクロマチン開放を抑制していました。以上から、Pbx1は加齢造血幹細胞に特徴的な未分化性の高い遺伝子ネットワークを増強するとともに、Gata1の誘導を抑えて赤血球産生を低下させ、相対的な血小板産生への偏りを生じさせることが明らかになりました(図7)。
今後の展開
本研究により、加齢造血幹細胞は単に機能が低下した細胞ではなく、未分化性を維持する遺伝子プログラムと、血小板系への分化準備性を同時に備えた細胞であることが示されました。また、Pbx1がこの二つの性質をつなぐ遺伝子ネットワークの中心因子として働き、赤血球産生の低下に寄与することが明らかになりました。一方、Pbx1だけで加齢造血幹細胞にみられる全ての変化を説明できるわけではありません。骨髄球系への分化の偏りや再構築能力の低下には、炎症、代謝、骨髄環境など他の要因も関与すると考えられます。
また、Pbx1は正常な造血幹細胞の維持にも必要であるため、治療標的とするには作用する細胞や時期、強さを慎重に検討する必要があります。今後、ヒトの加齢造血幹細胞でも同様のネットワーク変化がみられるかを検証することで、加齢に伴う貧血、血栓傾向、クローン性造血や造血器腫瘍の理解につながることが期待されます。また本研究は、単一細胞AIモデルを細胞分類だけでなく、疾患や加齢を制御する候補因子の発見と実験仮説の構築に利用できる可能性があることを示しています。

若齢造血幹細胞は自分自身の複製と成熟した血液細胞を生み出すバランスがとれているが、加齢造血幹細胞は成熟した血液細胞(赤血球やリンパ球)を生み出す能力が低下する一方、幹細胞の数は増加する。

様々な月齢のマウスから造血幹細胞を採取し、また細胞分裂履歴を追跡できるマウスからも同様に分裂履歴の有無で幹細胞を採取し、単一細胞RNAシークエンスを実施した。加齢造血幹細胞は幹細胞特異的なGroup 1加齢遺伝子と巨核球に発現が多いGroup 2加齢遺伝子の両方が同じ細胞内で高発現していた。

多数の若齢・加齢造血未分化細胞のデータセットを集めGeneformerを追加学習した(上)その結果、各細胞種および加齢段階を正確に予測可能なモデルを作成できた(下)

追加学習で作成したAIモデルで仮想的に全ての遺伝子を一個ずつ過剰発現、欠失させて若齢造血幹細胞がどれくらい加齢幹細胞に近づくか検証した。

加齢造血幹細胞(右)では若齢には見られないPbx1をハブ(他の遺伝子とつながりの多い中心)とする遺伝子モジュールが出現する。

Pbx1をウイルスベクターを用いて造血幹細胞で過剰発現させてRNAシークエンスおよびマウスへの移植実験を行ったところ、Pbx1によって赤血球産生に必要なGata1遺伝子の発現が下がること(中央)および移植後の赤血球産生の低下、血小板比率の総体的な上昇が見られ、加齢造血幹細胞の性質が生じた。

加齢造血幹細胞特異的な遺伝子のうち、Pbx1はGata1の抑制やGroup 1遺伝子の活性化を通じて赤血球産生の低下と相対的に造血幹細胞や巨核球の遺伝子プログラムの亢進に寄与する。
謝辞
本研究は、以下の研究資金・研究枠組みによる支援のもと行われました。
・文部科学省・日本学術振興会(MEXT/JSPS)科学研究費助成事業
17K16200、JP19K17847、JP21K08431、JP24K11551(Hiroshi Kobayashi)
JP18H02845、JP20K21621、JP21H02957、JP22K19550、JP24H00640、JP25H01435、JP25K22629(田久保圭誉)
・国立健康危機管理研究機構国際医療研究開発費
29-1015、20A1010、23A1004(小林央)
26-001、29-2007、21A2001、23A2002、25A1002、25A2002(田久保圭誉)
・日本医療研究開発機構(AMED)
24gm6710025: 革新的先端研究開発支援事業 ソロタイプ老化領域 加齢造血幹細胞の代謝可塑性制御機構を標的とした機能回復(小林央)
18ck0106444: 革新的がん医療実用化研究事業 幹細胞活性を持つCML微小残存病変の特性解明と高感度検出法開発(田久保圭誉)
18ae0201014: 再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業 革新的幹細胞培養技術に基づいた造血幹細胞遺伝子編集の開発研究(田久保圭誉)
20bm0704042: 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 造血幹細胞成熟プログラムの理解と成熟誘導技術の創出(田久保圭誉)
20gm1210011: 革新的先端研究開発支援事業 ユニットタイプ適応・修復領域 加齢造血変化をもたらす代謝リプログラミングの解明と回復技術開発(田久保圭誉)
25bm1123063: 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 造血幹細胞医学のアップデートのための三位一体型アプローチ(田久保圭誉)
・Japan Health Research Promotion Bureau研究助成(田久保圭誉)
・地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)研究助成(田久保圭誉)
・公益財団法人細胞科学研究財団研究助成(小林央)
・公益財団法人加藤記念バイオサイエンス振興財団研究助成(小林央)
・艮陵医学振興会研究助成(小林央)
・公益財団法人小野医学研究財団研究助成(小林央)
・公益財団法人武田科学振興財団研究助成(綿貫慎太郎、田久保圭誉)
・一般財団法人化学及血清療法研究所研究助成(田久保圭誉)
・公益財団法人上原記念生命科学財団研究助成(田久保圭誉)
・公益財団法人ワックスマン財団研究助成(田久保圭誉)
・公益財団法人先進医薬研究振興財団研究助成(Shintaro Watanuki)
・文部科学省共同利用・共同研究拠点「横浜市立大学先端医科学研究センター」
JPMXP0618217493、JPMXP0622717006、JPMXP0723833149(田久保圭誉)
本論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。
用語説明
- 造血幹細胞:哺乳類の成体では主に骨髄に存在する希少な細胞です。自らと同じ細胞を作る自己複製能と、赤血球、白血球、血小板など全ての血液細胞へ分化する能力を持ち、生涯にわたる血液産生を支えます。 ↩︎
- Geneformer:単一細胞RNAシーケンスデータを学習するTransformer型のAI基盤モデルです。各細胞で発現する遺伝子を文章中の単語のように扱い、細胞状態に応じた遺伝子同士の関係を学習します。本研究で用いたモデルは、約3,000万細胞のデータで事前学習されています。 ↩︎
- 遺伝子制御ネットワーク:転写因子などの制御因子と、それらの影響を受ける遺伝子との関係をネットワークとして表したものです。多数の遺伝子や機能群をつなぐ中心的な因子を「ハブ」と呼びます。 ↩︎
- Pbx1:DNAに結合して遺伝子発現を調節する転写因子の一つです。HOXやMEISと呼ばれるタンパク質と協調し、発生、細胞分化、造血幹細胞の静止状態や自己複製などを制御します。 ↩︎
- Gata1:赤血球および巨核球・血小板系への分化に重要な転写因子です。造血幹・前駆細胞が赤血球へ分化する際には、Gata1が適切な時期に誘導される必要があります。 ↩︎
- 単一細胞RNAシーケンス:組織を構成する細胞を一つずつ分け、それぞれの細胞でどの遺伝子がどの程度発現しているかを網羅的に調べる技術です。同じ種類に見える細胞の間の違いや、少数の細胞集団を検出できます。 ↩︎
- 巨核球:骨髄に存在する大型の血液細胞で、細胞質の一部を放出して血小板を作ります。血小板は出血を止めるために不可欠ですが、過剰な増加や活性化は血栓形成と関係する場合があります。 ↩︎
- in silico perturbation:コンピューター上で特定の遺伝子を仮想的に増加または欠失させ、AIモデルが予測する細胞状態の変化を調べる方法です。本研究では、若齢造血幹細胞を加齢状態へ近づける遺伝子を探索しました。 ↩︎
- attention rollout:Transformer型AIの各層で計算されるattentionと呼ばれる重みを、複数の層にわたって統合する解析方法です。本研究では、AIが学習した遺伝子間の関連性をネットワークとして可視化し、中心的な遺伝子を探索しました。抽出された関連性は、遺伝子間の直接的な分子結合を単独で証明するものではありません。 ↩︎
- ATACシーケンス:細胞内でDNAが読み取られやすい「開いたクロマチン領域」を網羅的に調べる方法です。遺伝子のスイッチとして働く領域や、転写因子が作用しやすい領域を推定できます。 ↩︎
- クロマチン:細胞の核内で、DNAがヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いて形成される構造です。クロマチンが開いた状態では遺伝子が読み取られやすく、閉じた状態では読み取られにくくなります。この構造の変化によって、DNA配列自体を変えることなく遺伝子の働きが調節されます。 ↩︎
論文情報
タイトル:Geneformer-guided multi-omics integration identifies Pbx1 as a network hub of hematopoietic stem cell aging
著者:小林央*, 綿貫慎太郎, 塩澤裕介, 大島基彦, 小出周平, 高山直也, 森川隆之, 原口美帆, 玉置親平, 朝倉敬喜, 宮田敏男, 岩間厚志, 小川誠司, 田久保圭誉*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 幹細胞医学分野 准教授 小林 央
東北大学大学院医学系研究科 幹細胞医学分野 教授/国立健康危機管理研究機構国立国際医療研究所 造血システム研究部長 田久保 圭誉
掲載誌:Science Advances
掲載日:2026年8月22日
DOI:10.1126/sciadv.aeb1346
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科幹細胞医学分野
東北大学ヘルススパン研究センター(HeSReC)
基礎ヘルススパン研究部門 幹細胞ヘルススパン研究分野
教授 田久保 圭誉(たくぼ けいよ)
TEL: 022-717-8150
Email: keiyo.takubo.e5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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