迷走神経刺激で潜在能力を拓く -脳内血管運動が整い、記憶定着が支えられる可能性-
2026.8.26 Wed
研究発表のポイント
- 迷走神経1は、内臓等の状態を脳に伝える内感覚2の主要な経路であり、心の機能が体の状態から影響を受ける仕組みに関わります。
- 本研究では、マウスの首の迷走神経にカフ電極3を装着し、迷走神経刺激(VNS)4を行うことで、学習に対する影響を調べました。
- 運動学習の訓練直後にVNSを行うと、数日後に現れる学習成績の長期的な向上が増強されることが分かりました。
- 学習に関わる脳部位の血液量変動を光ファイバー5で計測したところ、VNSは血管の収縮・拡張を引き起こすことが示されました。
- 末梢神経を介した体から脳への信号が、血管運動6や代謝7を含む脳内環境の変動を通じて、記憶定着に関わる可能性を示す成果です。
概要
脳と心の働きは、体からも強い影響を受けています。臨床的には、迷走神経を刺激し、末梢神経を介して脳に働きかけることで、難治性てんかん8などに対する治療が行われています。また近年では、耳介を介した非侵襲的な迷走神経刺激法9も開発されており、VNSによる脳機能制御(ニューロモジュレーション)10に注目が集まっています。しかし、VNSによって実際に脳内でどのような変化が生じるのかは、十分に分かっていませんでした。
東北大学大学院生命科学研究科の陳俊宇大学院生、生駒葉子助教、松井広教授(大学院医学系研究科兼任)らの研究グループは、マウスの迷走神経に装着できるカフ電極を用いて、学習訓練の直後にVNSを行う実験を行いました。その結果、VNSによって、長期学習が選択的に増強されることが示されました。さらに、光ファイバーを介して脳血液量の変化を測定したところ、VNSの反復刺激により血管のリズム性変動11が生み出されることが分かりました。本研究は、VNSが脳に作用する仕組みを、血管・代謝を含む脳内環境の制御へと広げるものです。今後、血管や代謝を直接操作・計測することで、末梢神経刺激が脳の学習しやすさを高める仕組みの解明につながることが期待されます。本成果は2026年8月25日付で科学誌iScienceに掲載されます。
詳細な説明
研究の背景
私たちの脳は、同じ刺激を受けても、いつも同じ反応を示すわけではありません。疲れているとき、集中しているとき、緊張しているときなど、脳の状態によって、神経回路の反応や学習の成立しやすさは変化します。このように、神経回路が可塑的に変化しやすいかどうかを左右する脳内環境の制御は、メタ可塑性12と呼ばれます。
この脳内環境の形成には、血管からの酸素やグルコース13の供給、グリア細胞14による代謝支援、細胞外イオン環境の調節などが大きな役割を果たしています。近年、このような非神経系の要素が、神経回路の働きや学習のしやすさを大きく左右している可能性が示唆されてきました。特に、長期的な記憶が形成される際には、シナプス15機能の一時的な変化だけでなく、シナプス構造の再編成16やタンパク質合成を伴う場合があります。この過程には代謝エネルギーが必要であるため、脳内へのエネルギー供給の効率や代謝環境の状態が、学習の成立や記憶の定着しやすさ、すなわち長期学習のメタ可塑性を左右すると考えられます。
近年、脳と身体の相互作用、すなわち脳身体系が注目されています。心拍、内臓、呼吸などの身体内部の信号は、迷走神経などを介して脳に伝えられ、情動、認知、行動に影響します。迷走神経を電気刺激するVNSは、この身体から脳へ向かう経路を人工的に活性化する方法です。VNSは難治性てんかんなどで臨床応用されていますが、脳内でどのような生理変化を引き起こすのか、特に血管や代謝環境との関係は十分には解明されていませんでした。
そこで研究グループは、VNSが学習成績を変化させるのか、さらにその効果が脳血管の動きと関連するのかを調べました。対象としたのは、小脳の片葉17が重要な役割を果たす水平視機性眼球運動(HOKR)学習18です。HOKRは、視界が動いたときに目を動かして視野を安定させる反応であり、小脳の可塑性を調べるモデルとして用いられています。
今回の取り組み
東北大学大学院生命科学研究科超回路脳機能分野の陳俊宇(ちん しゅんう)大学院生、生駒葉子(いこまようこ)助教、松井広(まつい こう)教授(大学院医学系研究科兼任)らの研究グループは、マウスの左頸部迷走神経を包み込む小型のカフ電極を作製し、長期間にわたってVNSを行える実験系を構築しました。
迷走神経は、脳と内臓を結ぶ主要な神経であり、末梢と中枢を双方向につないでいます。そのため、迷走神経を電気刺激すると、その影響は末梢側にも中枢側にも伝わります。刺激が末梢側に伝わると、心臓に作用して心拍数が低下することが知られています。一方、刺激の影響が中枢側に伝わると、脳幹を介して広い脳領域に影響が及び、瞳孔が一過性に開くことも報告されています。そこで本研究では、カフ電極を用いたVNSが有効に機能していることを、瞳孔の一過性拡大と心拍数低下によって確認しました。
また、迷走神経には、内臓などの状態を脳へ伝える求心性線維と、脳から内臓へ指令を送る遠心性線維が含まれています。ヒトでもマウスでも、左側の頸部を走る迷走神経では、求心性線維、すなわち中枢の脳に向かって信号を送る神経線維が多く含まれることが知られています。本研究では、身体から脳へ向かう信号が学習や脳血管運動に及ぼす影響を調べることを目的としていたため、左頸部の迷走神経にカフ電極を取り付けました。
次に、マウスに水平方向にゆっくりと往復移動する縦縞模様を見せ、視覚刺激に合わせた眼球運動を測定しました。初めてこの視覚刺激を見たマウスは、縦縞模様の動きに十分に追随した眼球運動を示すことができません。しかし、同じ視覚刺激を繰り返し提示すると、次第に眼球運動の振幅が大きくなり、視覚刺激によりよく追随して、視野を安定化できるようになります。本実験では、この視覚刺激提示による眼球運動の訓練を、1日目に15分間ずつ、1時間間隔で4回実施しました。VNS群では、各訓練の直後に20分間のVNSを行いました。その後、2日目と5日目に再び眼球運動を測定しました。学習成績は、訓練によって眼球運動の振幅がどの程度大きくなり、その効果がどの程度維持されているかを調べることで評価しました。
本研究の実験条件では、VNSを行わなかった統制群でも、訓練当日の成績はほとんど上昇せず、訓練翌日(2日目)のテストで成績が有意に上昇しました。このように、訓練中や訓練直後ではなく、訓練後に時間をかけて成績が向上する効果は、遅延オフライン学習19と呼ばれます。各訓練直後にVNSを行った実験群でも、訓練当日の成績には大きな変化は見られませんでした。つまり、訓練中にすぐ成績が上がる「オンライン学習」や、訓練直後に現れる短期的な変化は、VNSによって増強されませんでした。一方で、訓練翌日(2日目)および5日目に測定した長期的な学習成績は、VNSによって明確に高まりました。特に、1.5 mAのVNSでは2日目から成績向上が見られ、5日目には0.6 mAと1.5 mAの両方で、刺激を行わなかった群よりも高い学習成績が示されました。
自転車に乗ったり、楽器を演奏したりするように、身体の運動を精密に協調させる能力は、訓練によって向上します。このような運動学習には、小脳の神経回路が可塑的に変化することが重要であると考えられています。特に、HOKRのような眼球運動学習には、小脳の中でも片葉と呼ばれる領域が主要な役割を果たします。そこで研究グループは、小脳片葉の近くに光ファイバーを挿入し、ファイバーフォトメトリー20を用いて、VNSによって生じる局所的な血液量変動を観察しました。
光ファイバーを介して脳内に青色の励起光を送り込むと、脳内のフラビン21などの分子が反応し、緑色の蛍光を発します。このように、生体内にもともと存在する分子が発する蛍光を自家蛍光22と呼びます。一方、血管内の赤血球にはヘモグロビン23が含まれており、ヘモグロビンは青色から緑色の光を吸収する性質をもっています。そのため、脳組織から蛍光を検出する際には、血液を含む血管が、いわば「影」のように見えます。血管が拡張して血管内の血液量が増えると、赤血球やヘモグロビンの量も増えるため、脳組織の自家蛍光はより強く吸収され、検出される自家蛍光量は低下します。したがって、脳組織から検出される自家蛍光の変化は、血管の拡張・収縮に伴う血液量変動を反映します。逆に、この「血管の影効果」を利用することで、外来の蛍光タンパク質を脳内に発現させていないマウスでも、脳血液量の変動を簡便に追跡することができます。
研究グループは、VNSを1回行うと、小脳片葉の局所血液量が一過性に減少した後、遅れて増加する二相性の反応を示すことを見いだしました。ただし、この結果は、自家蛍光に対する血液量の「影効果」から推定した血液量変動に基づくものでした。そこで、血液量変動をより直接的に確認するため、研究グループは、マウスの肝臓でアルブミン(Alb)と赤色蛍光タンパク質mScarletを融合させた分子24を発現させました。このAlb-mScarletは、肝臓から血液の血漿25中に分泌されるため、血液の分布や血液量の変化を赤色蛍光として観察できるようになります。このマウスに血管拡張剤26を投与したところ、血管拡張に伴って、自家蛍光シグナルは低下し、Alb-mScarletシグナルは増加しました。両者の間には強い負の相関が見られたことから、自家蛍光の低下が血液量の増加を反映していることが確認されました。したがって、脳組織にもともと存在する自家蛍光を観察するだけでも、その信号変化を反転して解釈することで、脳血液量変動の指標として利用できることが分かりました。
実験では、15分間のHOKR訓練を行った後、20分間にわたってVNSを反復しました。その結果、小脳片葉の血液量変動が、リズム性をもって振動することが分かりました。
HOKR訓練後、視覚刺激を提示していない状態で血管リズムをファイバーフォトメトリー法により計測したところ、血管リズムの大きさは、VNSを行わなかった統制群よりもVNS群で有意に大きくなりました。さらに、HOKR訓練後20分間に生じた血管リズムの大きさと、5日目のHOKR学習成績を比較したところ、両者の間には強い正の相関が見られました。すなわち、訓練後に血管リズムが強く誘導された個体ほど、数日後の長期学習成績が高い傾向を示しました。
本研究での重要な発見のひとつは、VNSが脳の神経回路だけでなく、脳血管の拡張・収縮を含む脳内環境にも、時間構造をもった変化を生じさせることを示した点です。血管のゆっくりとした拡張・収縮運動は、局所の血液量や血流状態を動的に変化させ、脳組織への酸素やグルコースなどの供給を調節する可能性があります。今回、VNSによって誘導された血管リズムは、代謝基質の供給、アストロサイトを介した神経代謝支援、神経回路のメタ可塑性を通じて、長期学習を支える脳内環境の形成に関わる可能性があります。
今後の展望
本研究は、迷走神経刺激によって生じる脳血管リズムが、長期学習成績と強く関連することを示しました。一方で、血管リズムそのものが学習向上の直接的な原因であるかどうかは、今後の研究課題です。血管を光遺伝学的手法や薬理学的手法で直接操作し、学習成績が変化するかを調べることで、血管運動と記憶定着の因果関係をより明確に検証する必要があります。
また、本研究では、ATP、乳酸、ピルビン酸などの代謝分子を直接測定していません。今後、遺伝子コード型の代謝センサーを用いて、VNS後の血管、アストロサイト、神経細胞のエネルギー状態を測定することで、VNSが脳の代謝環境をどのように変化させるのかを明らかにできると期待されます。
VNSはすでに臨床で用いられている脳刺激法ですが、その効果には個人差があり、最適な刺激タイミングや刺激強度は十分には確立されていません。本研究の成果は、学習、リハビリテーション、神経疾患治療におけるVNSの効果を、神経活動だけでなく、血管・代謝・脳内環境の観点から最適化するための基礎となる可能性があります。
より広い視点では、身体から脳へ向かう末梢信号が、脳の血管リズムや代謝状態を変え、それによって神経回路の学習しやすさを調整するという新しい考え方につながります。これは、脳を神経細胞の集合としてだけでなく、血管、グリア、代謝、末梢神経を含む「超回路」として理解するための重要な一歩です。
従来、難治性てんかんなどに対するVNSでは、手術によって頸部に電極を埋め込む方法が用いられてきました。一方、近年では、耳介を介して迷走神経を刺激する非侵襲的な方法も開発されており、VNSによる脳機能制御、すなわちニューロモジュレーションの応用可能性は広がりつつあります。本研究のような基礎研究によってVNSの作用原理を深く理解することで、将来的には、脳が本来持っている潜在的な学習能力や回復力を引き出すための新しい脳刺激法の開発につながることが期待されます。



謝辞
本研究は、文部科学省研究費補助金JSPS KAKENHI(JP22K15218、JP24K18234、JP26K09537、JP19H03338、JP22H02713、JP25K02373)、学術変革領域(A)「グリアデコーディング」(JP20H05896)、学術変革領域(A)「行動変容生物学」(JP23H04659、JP25H01713)、学術変革領域(A)「pH応答生物学の確立」(JP26H01665)、新学術領域研究「脳情報動態」(JP18H05110、JP20H05046)、東北大学国際共同大学院プログラム「Neuro Global Program(NGP)」、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、第一三共生命科学研究振興財団の支援を受けて行われました。
用語説明
- 迷走神経
第10脳神経とも呼ばれ、脳から首、胸、腹部へと広く伸びる神経。心臓、肺、消化管などの内臓と脳を結び、内臓の状態を脳へ伝える信号と、脳から内臓へ指令を送る信号の両方を含む。身体内部の状態を脳に伝える内感覚の主要な経路であり、心拍、呼吸、消化、炎症反応などの調節にも関わる。迷走神経を介した信号は、脳幹を経て広い脳領域に影響を及ぼすため、身体の状態が情動、認知、学習などの脳機能に影響する仕組みを考えるうえで重要である。本研究では、マウスの左頸部迷走神経を電気刺激することで、身体から脳へ向かう信号が学習や脳血管運動に及ぼす影響を調べた。 ↩︎ - 内感覚
心拍、呼吸、胃腸の動き、血圧、体温、空腹、痛み、炎症など、身体内部の状態を脳が感じ取る感覚のこと。外界の光や音を感じる視覚・聴覚などとは異なり、体の中で起きている変化を脳に知らせる働きを担う。内臓などからの情報は、迷走神経などを介して脳に伝えられ、情動、認知、意思決定、学習などの脳機能にも影響すると考えられている。 ↩︎ - カフ電極
カフ電極とは、神経を切断せずに、神経の外側を包み込むように装着して電気刺激を行うための電極。「カフ」は袖口や筒状の覆いを意味し、神経の周囲に小さな筒状の電極を取り付けることで、目的の神経に比較的安定して刺激を与えることができる。本研究では、マウスの左頸部迷走神経を包み込む小型のカフ電極を用いて、長期間にわたって迷走神経刺激を行える実験系を構築した。 ↩︎ - 迷走神経刺激(VNS: vagus nerve stimulation)
迷走神経に電気刺激を与え、身体と脳を結ぶ信号経路を人工的に活性化する方法。迷走神経には、内臓などの状態を脳へ伝える求心性の神経線維と、脳から内臓へ指令を送る遠心性の神経線維が含まれている。そのため、VNSは、末梢神経を介して脳幹や広い脳領域に影響を及ぼし、神経活動、情動、認知、学習などを調節する可能性がある方法として注目されている。臨床では、難治性てんかんなどに対する治療法として用いられており、近年では耳介などから刺激する非侵襲的な方法も開発されている。 ↩︎ - 光ファイバー
細いガラスやプラスチックの線を通して光を伝えるための素材。脳科学研究では、光ファイバーを脳の特定の部位の近くに設置することで、外部から光を送り込んだり、脳内から発せられる蛍光を検出したりするために利用される。 ↩︎ - 血管運動
血管壁の平滑筋や、血管の周囲に存在するペリサイトなどの働きによって、血管がゆっくりと拡張・収縮を繰り返す現象。血管が拡張すると、その場所に含まれる血液量は増え、血管が収縮すると血液量は減る。このような血管の動きは、脳に酸素やグルコースなどの代謝基質を届ける働きに関わると考えられている。脳内では、自発的な血管運動が数秒から十数秒程度のゆっくりとしたリズムをもって生じることがある。マウスの心拍は1秒間に10回程度とはるかに速いため、本研究で扱う血管運動は、心臓の拍動がそのまま脳血管に伝わったものではなく、血管自体のゆっくりとしたリズム性運動を指す。 ↩︎ - 代謝
細胞が酸素やグルコースなどを利用して、ATPなどのエネルギー分子や生命活動に必要な物質を作り出す一連の化学反応のこと。脳では、神経細胞やグリア細胞が代謝によって得られたエネルギーを使い、電気信号の発生、シナプス伝達、記憶形成などを支えている。 ↩︎ - 難治性てんかん
適切な薬物治療を行っても、てんかん発作を十分に抑えることが難しい状態を指す。てんかんは、脳の神経細胞の活動が一時的に過剰になることで、けいれんや意識障害などの発作を繰り返す疾患。薬で発作を十分に抑えられない場合には、外科手術や迷走神経刺激(VNS)など、薬物以外の治療法が検討される。 ↩︎ - 耳介を介した非侵襲的な迷走神経刺激法
手術で電極を体内に埋め込むのではなく、耳の一部に電極を取り付け、皮膚の上から電気刺激を与える方法。耳介には、迷走神経の枝が分布する領域があるため、この領域を刺激することで、迷走神経を介して脳に働きかけることができると考えられている。この方法は、経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS: transcutaneous auricular vagus nerve stimulation)とも呼ばれ、従来の頸部に電極を埋め込むVNSに比べて身体への負担が少ない方法として研究・開発が進められている。 ↩︎ - 脳機能制御(ニューロモジュレーション)
電気刺激、磁気刺激、薬物、光刺激などによって、神経回路の活動状態を調節する技術や考え方を指す。神経細胞の活動を単に強くしたり弱くしたりするだけでなく、神経回路が反応しやすい状態、学習しやすい状態、発作が起こりにくい状態などへ、脳内環境を調整することも含まれる。迷走神経刺激(VNS)は、末梢神経を介して脳に働きかけるニューロモジュレーションの一つであり、難治性てんかんなどの治療にも用いられている。本研究では、VNSによるニューロモジュレーションを、神経活動だけでなく、血管運動や代謝を含む脳内環境の変化として捉え直した。 ↩︎ - 血管のリズム性変動
血管の拡張と収縮に伴って、局所の血液量が周期的に増減する現象。血管の拡張は血液量や血液の流れやすさを変化させ、血管の収縮は血液量や血流抵抗を変化させる。このような拡張と収縮がゆっくりとしたリズムで繰り返されることで、脳組織への酸素やグルコースなどの供給、代謝産物の移動、局所の脳内環境の調節が助けられる可能性がある。 ↩︎ - メタ可塑性
神経回路がどのくらい可塑的に変化しやすいかを調節する仕組みのこと。通常の「可塑性」は、学習や経験によってシナプスの働きが強くなったり弱くなったりする変化を指す。一方、メタ可塑性は、そのような可塑的変化が起こりやすい状態か、起こりにくい状態かを決める、いわば「学習しやすさの調節」を意味する。脳内の神経調節物質、グリア細胞、血管からの酸素やグルコースの供給、細胞外イオン環境、代謝状態などがメタ可塑性に関わると考えられている。 ↩︎ - グルコース
ブドウ糖とも呼ばれる糖の一種で、細胞がエネルギーを作り出すための主要な材料。脳は多くのエネルギーを必要とする臓器であり、血液によって運ばれるグルコースと酸素を利用して、ATPなどのエネルギー分子を作り出している。神経細胞が電気信号を発生したり、シナプスで情報を伝えたり、学習に伴って神経回路を変化させたりするためには、グルコースをもとにした代謝が重要。 ↩︎ - グリア細胞
神経細胞とともに脳や脊髄などの神経組織を構成する細胞群。かつては神経細胞を支える補助的な細胞と考えられていましたが、現在では、神経細胞の活動、シナプス伝達、代謝、炎症反応、血管機能などを調節する重要な細胞であることが分かってきている。代表的なグリア細胞には、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアなどがある。特にアストロサイトは、血管から供給されるグルコースなどの代謝基質を取り込み、神経細胞の活動を支えるとともに、細胞外イオン環境や神経伝達物質の濃度調節にも関わる。 ↩︎ - シナプス
神経細胞どうしが情報を伝え合う接続部位。多くの場合、情報を送る側の神経細胞から神経伝達物質が放出され、それを受け取る側の神経細胞が検出することで、信号が伝わる。学習や記憶が成立するときには、シナプスでの情報伝達の強さが変化したり、シナプスの形や数が変わったりすることがある。このようなシナプスの変化は、神経回路の働きを変える基盤の一つと考えられている。 ↩︎ - シナプス構造の再編成
学習や経験に応じて、神経細胞どうしの接続部位であるシナプスの形、大きさ、数などが変化すること。長期的な記憶形成では、シナプスでの情報伝達の強さだけでなく、シナプス構造そのものが変化する場合がある。この過程にはタンパク質合成や代謝エネルギーが必要であり、脳内の血管・代謝環境と深く関わると考えられる。 ↩︎ - 小脳の片葉
小脳の下側から外側に位置する小さな領域で、眼球運動や平衡感覚の調節に関わる。動物が視界の動きに合わせて眼球を動かし、視野を安定させる反応には、小脳片葉の神経回路が重要である。また、同じ視覚刺激を繰り返し経験することで眼球運動が改善していく運動学習にも関与する。 ↩︎ - 水平視機性眼球運動(HOKR)学習
水平方向に動く視覚刺激に合わせて眼球を動かし、視野を安定させる反応が、繰り返しの経験によって改善する運動学習のこと。マウスに水平方向にゆっくり動く縦縞模様を見せると、最初は眼球運動が十分に視覚刺激へ追随できないが、訓練を繰り返すことで眼球運動の振幅が増大し、よりよく視野を安定させられるようになる。この学習には小脳の片葉が重要な役割を果たすため、小脳の可塑性や運動学習の仕組みを調べるモデルとして用いられている。 ↩︎ - 遅延オフライン学習
訓練中や訓練直後には成績が大きく変化しないにもかかわらず、訓練後に時間が経過してから成績の向上が現れる学習のこと。訓練中にその場で成績が上がる変化はオンライン学習、訓練後の休息や睡眠などを含む時間経過の中で現れる変化はオフライン学習と呼ばれる。遅延オフライン学習は、このオフライン学習のうち、数時間から数日後にかけて徐々に現れる長期的な成績向上を指す。 ↩︎ - ファイバーフォトメトリー
脳内に細い光ファイバーを挿入し、特定の脳部位から発せられる蛍光の変化を測定する方法。光ファイバーを通して脳内に励起光を送り、同じ光ファイバーを通して戻ってくる蛍光を検出することで、自由に行動する動物でも、脳内の活動や代謝状態、血液量変動などを時間的に追跡できる。 ↩︎ - フラビン
細胞内のエネルギー代謝に関わる分子群で、青色の光を当てると緑色の自家蛍光を発する性質がある。 ↩︎ - 自家蛍光
外から蛍光色素や蛍光タンパク質を導入しなくても、生体内にもともと存在する分子が光を受けて発する蛍光のこと。脳組織には、フラビンなど、青色の光を当てると緑色の蛍光を発する分子が含まれている。 ↩︎ - ヘモグロビン
赤血球に多く含まれるタンパク質で、肺で取り込まれた酸素を全身の組織へ運ぶ役割を担う。ヘモグロビンは光を吸収する性質をもっており、特に青色から緑色の光を吸収する。 ↩︎ - アルブミン(Alb)と蛍光タンパク質mScarletを融合させた分子
血液中の血漿に多く含まれるタンパク質。mScarletは、赤色の蛍光を発する蛍光タンパク質。本研究では、アルブミンとmScarletをつなげた融合タンパク質をマウスの肝臓で作らせ、血液中へ分泌させた。これにより、血漿が赤色の蛍光を発するようになり、脳内の血液量変動を直接的に観察できるようになる。 ↩︎ - 血漿(けっしょう)
血液から赤血球、白血球、血小板などの細胞成分を除いた液体成分。水分を主成分とし、アルブミンなどのタンパク質、糖、脂質、ホルモン、電解質、老廃物などを含み、全身の組織に栄養や情報を運ぶ役割を担う。 ↩︎ - 血管拡張剤
血管壁の平滑筋などに作用して血管を広げる薬剤のこと。本研究では、自家蛍光の変化が血液量変動を反映していることを確認するため、血管拡張剤を用いて脳血液量を人工的に増加させる実験を行った。 ↩︎
論文情報
タイトル:Vagal nerve stimulation induces vascular oscillations and enhances long-term learning
著者: Junyu U. Chen, Yoko Ikoma*, Ko Matsui*
筆頭著者:東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野
大学院生 陳俊宇
* 責任著者:東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野
助教 生駒 葉子
教授 松井 広
研究室: http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/
掲載誌: iScience
掲載日時:2026年8月25日付(米国東部時間)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.117413
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 松井 広(まつい こう)
TEL: 022-217-6209
Email: matsui*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
- 関連資料
- プレスリリース資料(PDF)
- 関連リンク
- 超回路脳機能分野