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顎変形症の治療前後での咀嚼時の脳血流変化を解析―治療前の反応と術後変化との関連を示唆―

発表のポイント
  • 顎変形症のうち骨格性下顎前突症(受け口)1の患者を対象に、手術を伴う矯正治療(外科的矯正治療2)の前後で、ものをかんだときの脳の血流変化を調べました。
  • 治療前に脳血流が少なかった人は治療後に増える傾向、多かった人は治療後に減る傾向がみられました。同じ治療でも脳血流の変化に個人差があり、治療前の状態が治療後の脳血流反応の変化と関連する可能性を示しています。
  • 治療前の脳血流の状態を調べることで、治療後に起こりやすい脳の働きの変化をあらかじめ推測できる可能性が示され、かむ機能と脳の健康との関わりを踏まえた診療への応用が期待されます。
概要

歯並びやかみ合わせを大きく整える「外科的矯正治療」は、見た目だけでなく、かむ機能をつくり直す治療です。しかし、骨格性下顎前突症の治療により、かむ機能だけでなく、かむときの脳の働きも改善するのかは明らかになっていませんでした。
東北大学病院矯正歯科の菅崎弘幸講師らの研究グループは、鶴見大学と共同で、骨格性下顎前突症の患者を対象に、治療前後で、ものをかんだときの脳(前頭前野)の血流を近赤外分光法(fNIRS)3で調べました。その結果、治療前の脳血流が少なかった患者は治療後に増える傾向、多かった患者は減る傾向を示し、同じ治療でも脳の反応の仕方に個人差があることが分かりました。これは、治療前の脳の状態から治療後の変化を推測できる可能性を示す成果であり、かむ機能と脳の健康との関わりを踏まえた診療への応用が期待されるものです。今後、健常者との比較や咀嚼機能・認知機能との関連を検証することで、その臨床的意義を明らかにしていく必要があります。
本成果は2026年9月27日にJournal of Oral Rehabilitation誌に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景と経緯
骨格性下顎前突症(受け口)は日本人を含む東アジア人に比較的多くみられる顎の変形で、かむ力やかみ合わせの面積が、正常なかみ合わせの人に比べて3~5割程度低下することが報告されています。見た目の印象だけでなく、かむ機能そのものを大きく損なう点が、この病気の特徴です。
これまで研究グループは、ものをかんだときに脳の前頭前野の血流が増えることに着目し、近赤外分光法(fNIRS)という光を使った簡便な脳血流測定法を用いて、骨格性下顎前突症の患者ではこの「かむことによる脳血流の増加」が正常なかみ合わせの人より弱いことを明らかにしてきました。さらに、この脳の反応の強さが、記憶力や注意力などの認知機能の高さと関連することも確認し、かむ機能が脳の健康に関わる可能性を示してきました。
骨格性下顎前突症に対する根本的な治療は、顎の骨を切って動かす手術と歯列矯正を組み合わせた「外科的矯正治療」です。この治療によってかみ合わせやかむ力は大きく改善しますが、かむ動作そのものの巧みさ(そしゃく能力)は、治療終了時点では健常な人の水準には満たないことが知られています。しかし、この治療によって「かむことによる脳血流の反応」がどのように変化するのかは、これまで明らかにされていませんでした。
そこで研究グループは、外科的矯正治療を受ける骨格性下顎前突症の患者を対象に、治療開始前と治療終了後の脳血流を比較する調査を行いました。

研究の内容
東北大学病院矯正歯科の菅崎弘幸講師らの研究グループは、鶴見大学と共同で、外科的矯正治療を受けた骨格性下顎前突症の患者を対象に、矯正治療開始前(治療前)と、手術後の矯正治療が終了した時点(治療後)の2つの時点で、パラフィンワックスを一定時間かんでもらい、その間の脳血流(前頭前野・下前頭回付近)をfNIRSで測定しました。
同一の患者で治療前後両方のデータがそろった22名について、変化を比較しました。22名全体で平均すると、治療前後で脳血流に統計的に明らかな変化は見られませんでした(図1)。しかし一人ひとりの変化をみると、22名のうち11名は治療後に血流が増加または変化がなく、残り11名は減少しており、患者によって反応の方向が異なることが分かりました。
そこで、治療前の脳血流の多さで参加者を2つのグループ(少ないグループ・多いグループ)に分けて比較したところ、治療前の血流が少なかったグループでは治療後に血流が増える傾向(中央値で+3.4%)、逆に治療前の血流が多かったグループでは治療後に減る傾向(中央値で-16.4%)がみられました(図1・図2)。両グループの変化の違いは統計学的に有意(p=0.015)で、グループ分けの基準を変えても同様の傾向が一貫してみられました。
これは、治療前の脳血流が少なかった患者では、治療によってかみ合わせが改善し、かむことで脳に伝わる感覚情報が増えたことで血流の回復が起きた可能性があり、また逆に血流が多かった患者では、治療前にみられた過剰な脳の活動(かみにくさを補うための代償的な反応)が治療によってより自然な状態へと落ち着いた可能性を示唆しています。

今後の展開
今回の研究は22名を対象とした探索的なパイロット研究であり、得られた統計的な傾向は、さらに規模を広げた前向き研究で検証する必要があります。研究グループは今後、かむ力やかみ方などの機能検査、記憶力・注意力などの認知機能検査を組み合わせたより本格的な追跡調査を計画しています。
【学術的な波及効果】
外科的矯正治療の前後で「かむことによる脳の反応」がどのように変化するかを長期的に追跡した研究はこれまでになく、治療前の脳機能評価が術後の変化を予測する手がかりになりうることを示した点で、顎の変形に対する治療の効果を脳科学の視点から評価する新しい研究の枠組みを示すものです。今後、他の不正咬合や、入れ歯・インプラントによるかみ合わせの回復など、他の歯科治療の効果を評価する際にも、同様の考え方を応用できる可能性があります。
【社会的な波及効果】
日本が急速な高齢化を迎える中、かむ機能の低下が認知機能の低下と関わることが近年注目されています。治療前のfNIRS検査によって、治療後に脳の反応がどう変化しやすいかをあらかじめ推測できるようになれば、放射線を使わずに安全で、かつ短時間で行える簡便な検査が可能となり、患者一人ひとりに合わせた治療の検討や、将来的な認知機能の低下予防など、生涯にわたるかむ機能と脳の健康を見据えた歯科診療への応用が期待されます。将来的には、顎変形症の治療を「見た目やかみ合わせの改善」だけでなく「脳の健康への投資」として捉え直すことにもつながると考えられます。

図1. 治療前の脳血流の量によって参加者を2グループに分けたところ、治療後の変化の仕方が対照的であり、血流が少なかったグループ(赤)は増える傾向、多かったグループ(青)は減る傾向を示しました(両グループの差 p = 0.015)。
 
図2. 治療前(矯正治療開始前)と治療後(外科的矯正治療終了時)における、かんだときの脳血流(中央値)の変化。血流が少なかったグループ(赤)は11人中8人で増加、多かったグループ(青)は11人中8人で減少しました。
謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JSPS科研費 JP23K09449、JP24K13186)の助成を受けて実施されました。

用語説明
  1. 骨格性下顎前突症:下あごが上あごに比べて過度に前に出ている状態(いわゆる「受け口」)。かみ合わせや発音、かむ機能に影響することがある。 ↩︎
  2. 外科的矯正治療:顎の骨を切って移動させる手術(顎矯正手術)と、歯並びを整える歯列矯正を組み合わせた治療法。骨格的なずれが大きい不正咬合に対して行われる。 ↩︎
  3. 近赤外分光法(fNIRS):近赤外光を頭皮の上から当て、脳表面近くの血液中のヘモグロビン量の変化を測定することで、脳の活動(血流)を調べる方法。放射線を使わず、比較的小型な装置で、日常的な動作をしながら測定できるのが特徴。 ↩︎
論文情報

タイトル:Mastication-induced brain blood flow changes before and after surgical-orthodontic treatment in skeletal Class III patients: a pilot longitudinal study
著者:Hiroyuki Kanzaki*, Chihiro Nakata, Masao Kumazawa, Kahoko Nishikawa, Hiroyasu Kanetaka, Yoshiki Nakamura
*責任著者:東北大学病院 矯正歯科 講師 菅崎 弘幸(かんざき ひろゆき)
掲載誌:Journal of Oral Rehabilitation
DOI:10.1111/joor.70311
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/joor.70311

問い合わせ先

東北大学病院
矯正歯科
講師 菅崎 弘幸(かんざき ひろゆき)
TEL: 022-717-8374
Email: Hiroyuki.kanzaki.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学病院広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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