自然免疫を標的とした慢性腎臓病の新たな 治療アプローチに繋がる可能性 ―既承認薬ジスルフィラムによる腎線維化抑制作用を示唆―
2026.10.6 Tue
研究発表のポイント
- アルコール依存症治療の既承認薬であるジスルフィラムが、マウス慢性腎臓病(CKD)1モデルにおける腎障害や腎線維化を軽減することを確認しました。
- ジスルフィラムの投与により、炎症・インフラマソーム2・パイロトーシス3関連分子と、腎障害に伴う脂肪酸代謝4関連遺伝子発現の変化が改善しました。
- ヒトCKD腎生検組織5において、ガスダーミンD6の活性化と腎障害の程度との関連を確認しました。
- 自然免疫7応答やパイロトーシスを標的とした慢性腎臓病の新たな治療アプローチにつながる可能性を示唆しています。
概要
慢性腎臓病(CKD)は、進行すると末期腎不全に至る可能性があり、CKDの進行を抑制するための治療薬はありますが、腎障害の進展に関わる新たな病態メカニズムを標的とした治療法の開発が求められています。
東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野の大江佑治講師、金沙織大学院生、田中哲洋教授らの研究グループは、アルコール依存症の治療に用いられている既承認薬ジスルフィラムが、マウス慢性腎臓病(CKD)モデルにおいて腎障害や腎線維化を抑制する可能性があることを明らかにしました。ジスルフィラム投与により、インフラマソームやパイロトーシス関連分子の発現上昇が抑制され、腎組織への炎症性細胞の浸潤も軽減しました。また、脂肪酸代謝関連遺伝子の発現異常も改善しました。さらに、ヒトCKD腎生検組織では、パイロトーシス関連因子ガスダーミンDの活性化と腎障害との関連を確認しました。本研究は、CKDにおける自然免疫を標的とした新たな治療アプローチの基礎的知見となることが期待されます。なお、本研究は主に動物モデルを用いた基礎研究であり、ジスルフィラムのCKD患者に対する有効性や、病態進行段階による効果の違いについては、今後の検討が必要です。
本研究成果は、2026年9月17日に国際学術誌The FASEB Journalに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
慢性腎臓病(CKD)は、糖尿病や高血圧などさまざまな疾患を背景として発症し、進行すると末期腎不全に至る可能性があります。現在、CKDの進行を抑制するための治療薬はありますが、腎障害の進展に関わる新たな病態メカニズムを標的とした治療法の開発が求められています。
今回の取り組み
近年、CKDの進行には、感染症や組織障害などに対する生体防御機構である自然免疫の過剰な活性化が関与することが注目されています。特に、炎症性細胞死の一種であるパイロトーシスは、腎臓における炎症や組織障害を促進する可能性が示されています。
東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野の大江佑治(おおえ ゆうじ)講師、金沙織(きん さおり)大学院生、田中哲洋(たなか てつひろ)教授らの研究グループは、アルコール依存症の治療に用いられている既承認薬であり、インフラマソームやパイロトーシスを抑制する作用が報告されているジスルフィラムに着目し、マウスのアデニン誘発性腎症モデル8を用いて検討しました。その結果、ジスルフィラムを投与したマウスでは、腎機能障害や腎線維化が軽減されました。また、腎臓への炎症細胞の浸潤が抑制され、炎症反応やインフラマソーム、パイロトーシスに関連する分子の発現も低下していました。
さらに、腎臓のRNAシーケンス解析9を行ったところ、腎障害に伴って乱れていた脂肪酸代謝関連の遺伝子発現がジスルフィラム投与によって改善していることが明らかになりました。このことから、ジスルフィラムは炎症を抑制するだけでなく、腎臓における代謝も調整する可能性が示されました(図1)。また、ヒトCKD患者の腎生検組織を用いた検討では、パイロトーシスの実行因子であるガスダーミンDの活性化が腎障害の程度と関連していることが確認されました。これらの結果は、ガスダーミンDを介したパイロトーシスがCKDの病態に関与する可能性を示唆するとともに、ジスルフィラムによる自然免疫制御がCKDに対する新たな治療アプローチとなる可能性を示唆しています。
今後の展開
本研究は、すでに臨床で使用されている薬剤に新たな治療用途の可能性を見いだすドラッグリポジショニング10の観点からも意義があると考えられます。本研究で示された、ジスルフィラムによる自然免疫、パイロトーシス、脂肪酸代謝への作用は、CKDの進行に関わる病態の理解を深め、新たな治療標的を検討する上での基礎的知見となることが期待されます。
一方、本研究は主として動物モデルおよびヒト腎生検組織を用いた基礎研究であり、ジスルフィラムが実際にCKD患者の腎機能低下を抑制することを示したものではありません。また、ジスルフィラムの投与時期や病態進行段階による効果の違いについては、今後さらに検討する必要があります。

謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS科研費 21K16156)、日本イーライリリー株式会社イノベーション研究助成、小柳財団および日本腎臓財団、ならびに宮城県腎臓協会の助成を受けて実施されました。また、本論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。
用語説明
- 慢性腎臓病(CKD):腎臓の働きが長期間にわたって低下したり、腎臓に異常が続いたりする状態。日本では成人の約5人に1人にみられる身近な病気。 ↩︎
- インフラマソーム:細胞の中にある免疫反応の仕組みの一つで、異常や傷害を感知すると活性化し、炎症を引き起こす物質の産生を促す。 ↩︎
- パイロト―シス:強い炎症を伴って起こる細胞死の一種で、細胞が破裂して内容物を放出することで、周囲に強い炎症反応を引き起こす。 ↩︎
- 脂肪酸代謝:脂肪酸を分解してエネルギーを作ったり、細胞の構成成分として利用したりする仕組み。腎臓では脂肪酸をエネルギー源として利用しており、CKDでは脂肪酸代謝が低下すると、エネルギー不足や脂質の蓄積などを通じて腎障害が進行する。 ↩︎
- ヒトCKD腎生検組織:CKD患者の腎臓の一部を採取し、顕微鏡などで腎臓の状態を調べた組織。 ↩︎
- ガスダーミンD:過剰な炎症が起きた際に活性化され,細胞を壊して炎症をさらに引き起こすタンパク質。 ↩︎
- 自然免疫:病原体や細胞の傷害などをいち早く感知し、体を守るために起こる免疫反応。過剰に活性化すると、炎症を引き起こし、組織を傷つける。 ↩︎
- アデニン誘発性腎症モデル:アデニンを含む餌をマウスに与えることで、腎障害や腎線維化を人工的に再現したCKDの研究モデル。 ↩︎
- RNAシークエンス:細胞や組織で作られているRNAを網羅的に調べ、どの遺伝子がどの程度働いているかを解析する方法。 ↩︎
- ドラッグリポジショニング:すでに別の病気の治療薬として使われている薬を、その薬が本来使われていない別の病気の治療に活用する方法。新しい薬を一から開発するよりも、安全性などの情報を活用できるため、治療薬の開発期間を短縮できる可能性がある。 ↩︎
論文情報
タイトル:Disulfiram Attenuates Adenine-Induced Renal Fibrosis by Modulating Inflammatory and Immunometabolic Responses
著者:Saori Kin, Yuji Oe*, Shun Ishigaki, Ichiro Fujio, Mariko Miyazaki, Tetsuhiro Tanaka
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野 講師 大江 佑治
掲載誌:The FASEB Journal
DOI:10.1096/fj.202601271RR
URL:https://faseb.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1096/fj.202601271RR
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野
講師 大江 佑治(おおえ ゆうじ)
TEL: 022-717-7163
Email: yuji.oe.b3*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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