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育ての母マウスを替えると、成長後の感覚情報処理が変化 ―出生後早期の母体環境が、仔の脳発達に影響する可能性―

発表のポイント
  • 同じ種類(系統)の仔マウスでも、生後早期に育てる母マウスを替えると、成長後の聴覚性感覚情報処理(PPI)1が変化することを明らかにしました。
  • 母マウスの系統によって、生後7日目の母乳に含まれるメチオニン2や葉酸3などの量が異なりました。また、育てる母マウスを替えた仔マウスでは、脳内の関連物質にも変化が認められました。
  • 本研究は、出生後早期の母体環境が仔の脳発達に重要な役割を果たす可能性を示唆しています。
概要

胎児期から乳幼児期までの環境が将来の健康に影響するというDevelopmental Origins of Health and Disease(DOHaD)仮説4が広く知られています。一方、出生後早期の母体環境が仔の脳発達に及ぼす影響については、これまで十分に理解されていませんでした。
東北大学大学院医学系研究科器官解剖学分野の前川素子准教授らの研究グループは、理化学研究所との共同研究により、マウスでは出生後早期の母体環境が仔の脳発達に影響する可能性があることを明らかにしました。生後まもない仔マウスを異なる系統の母マウスが育てる「交差哺育(cross-fostering)」5を行ったところ、育てる母マウスを替えると、仔マウスの成長後の聴覚性感覚情報処理(Prepulse inhibition:PPI)が変化しました。
さらに、生後7日目の母乳では、DNAメチル化6に影響を与える一炭素代謝7関連物質に系統差が認められました。また、生後15日目の、交差哺育を行った仔マウスの脳では、一炭素代謝関連物質に変化が認められました。
本研究は、出生後早期の母体環境が仔マウスの脳内一炭素代謝や成長後の聴覚性感覚情報処理に影響を及ぼす可能性を示し、出生後早期の母体環境が脳発達に重要な役割を果たす可能性を示唆しています(図1)。
本研究成果は、2026年9月19日付で、行動神経科学・生理学分野の国際学術誌 Physiology & Behavior にオンライン公開されました。

詳細な説明

研究の背景と経緯
DOHaD仮説では、胎児期の栄養環境や生活環境が将来の健康や疾患リスクに長期的な影響を及ぼすことが知られています。これまでの研究では、妊娠中の低栄養や飢餓が子どもの脳発達や精神疾患リスクに関連することが報告されており、DOHaD研究の多くは出生前(胎児期)の環境に焦点を当ててきました。 
一方、出生後早期も脳が急速に発達する重要な時期であり、母乳をはじめとする母体環境は、仔の発達に大きな影響を与える可能性があります。しかし、出生後早期の母体環境が神経発達にどのような影響を及ぼすのか、その分子メカニズムについては十分に解明されていませんでした。
そこで本研究では、生後まもない時期に母親を入れ替えて育てる「交差哺育(cross-fostering)」を用いて、出生後早期の母体環境が仔の脳発達や行動に及ぼす影響をマウスで検証しました。

研究の内容
本研究では、聴覚性感覚情報処理(Prepulse inhibition:PPI)が高いC57BL/6(B6)系統8と、PPIが低いC3H/He(C3)系統9を用い、生後2日目から離乳まで母親を入れ替えて育てる「交差哺育(cross-fostering)」を行いました。この実験系により、出生後早期の母体環境のみを変化させ、その影響を解析しました(図2)。
その結果、B6母に育てられたC3仔の群では、生後6週齢においてPPIが上昇しました(図3)。一方、Y迷路試験や強制水泳試験では大きな変化は認められず、出生後早期の母体環境の影響は主として感覚情報処理に現れることが示唆されました。また、この変化は18週齢では弱まり、出生後早期の母体環境の影響は発達初期により顕著である可能性が示されました。
そこで、この行動変化の背景にある要因を明らかにするため、母マウスの母乳中に含まれる代謝物を解析しました。その結果、生後7日目の母乳では、B6母マウスの方がC3母マウスよりも、メチオニン、葉酸、ピリドキサールなど、一炭素代謝に関連する代謝物を多く含んでいました。一方、この系統差は生後15日および21日ではほとんど認められず、出生後早期のみが特徴的な時期であることが明らかとなりました。
さらに、仔マウス脳内の一炭素代謝関連物質を測定したところ、生後15日では大脳皮質中のメチオニンおよびホモシステイン10濃度が交差哺育によって変化していました。特に、B6母に育てられたC3仔の群ではメチオニン濃度が上昇しており、出生後早期の母体環境が脳内の一炭素代謝にも影響する可能性が示されました。
これらの結果から、本研究は、出生後早期の母体環境が、仔マウスの感覚情報処理や脳内一炭素代謝に影響する可能性を示しました。また、母乳中の一炭素代謝関連物質の系統差が、これらの変化に関連している可能性が示唆されました。ただし、本研究は母乳中代謝物と行動変化との直接的な因果関係を示したものではなく、その解明には、個々の代謝物を操作する実験やDNAメチル化などの分子機構の解析が必要です。
なお、本研究で着目したメチオニンや葉酸などは、生体に必須の栄養成分であり、乳児用調製乳にも広く配合されています。本研究は、母乳栄養と人工栄養のどちらが優れているかを示すものではなく、出生後早期の脳発達の仕組みを理解するための基礎研究です。

今後の展開
本研究は、これまで主に胎児期に焦点が当てられてきたDOHaD研究を出生後早期まで拡張し、出生後早期の母体環境も神経発達に影響を及ぼす重要な環境要因である可能性を示しました。また、母乳中一炭素代謝関連物質が生後早期の脳発達にどのような役割を果たすのかを明らかにすることで、出生後の母体環境が脳発達を制御する仕組みの理解につながることが期待されます。

図1. 本研究の概要
出生後2日目に仔マウスを別の母マウスへ移す「交差哺育」を行い、出生後早期の母体環境の影響を解析しました。母乳および仔マウス脳内の代謝物を発達段階ごとに測定するとともに、生後6週齢で感覚情報処理(PPI)などの行動試験を行いました。
図2. 実験デザイン
出生後2日目に仔マウスを別の母マウスへ移す「交差哺育」を行いました。母乳は生後7、15、21日目、仔マウス脳は生後7、15日目に解析し、生後6週齢で感覚情報処理(PPI)やY迷路試験などの行動試験を実施しました。4群すべてで交差哺育を行い、同系統または異系統の母マウスが仔マウスを育てました。
図3. PPIの変化
出生後早期の母体環境によって仔マウスの感覚情報処理(PPI)が変化しました。
生後6週齢でプレパルス抑制(PPI)試験を実施したところ、B6母マウスに育てられたC3仔マウスでは、同系統のC3母マウスに育てられたC3仔マウスと比べてPPIが上昇しました。
謝辞

本研究は、理化学研究所 脳神経科学研究センター(RIKEN CBS)研究費、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP17H01574、JP23791363、JP23K24252)、日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(Strategic Research Program for Brain Sciences:JP19dm0107129、JP19dm0107083)、ならびに公益財団法人先進医薬研究振興財団(SENSHIN Medical Research Foundation)の支援を受けて実施されました。

用語説明
  1. 聴覚性感覚情報処理(PPI):大きな音の直前に小さな音を聞かせると、その後の驚き反応(びっくり反応)が弱くなる現象。脳が周囲のさまざまな刺激の中から必要な情報を選び、不要な刺激の影響を抑える働きの指標として広く用いられる。 ↩︎
  2. メチオニン:食品中に含まれる必須アミノ酸の一つ。一炭素代謝を介してDNAメチル化に必要なメチル基の供給源となり、脳の発達にも重要な役割を果たす。 ↩︎
  3. 葉酸:ビタミンB群の一種で、一炭素代謝に必要な栄養素。DNAメチル化に必要なメチル基の生成に関わり、胎児や乳幼児の正常な発育・発達に重要な役割を果たすことが知られている。 ↩︎
  4. Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)仮説:胎児期から乳幼児期までの発育環境が、将来の健康や病気のなりやすさに長期的な影響を及ぼすという考え方。近年では、生活習慣病だけでなく、脳の発達や精神・神経疾患との関連についても研究が進められている。 ↩︎
  5. 交差哺育(cross-fostering):生後まもない仔マウスを、実の母親ではなく別の母親マウスに育ててもらう実験手法。出生後の母体環境(母乳や養育環境など)が仔の発達に及ぼす影響を調べるために用いられる。 ↩︎
  6. DNAメチル化:DNAにメチル基と呼ばれる化学物質が付くことで、遺伝子の働きを調節する仕組み。DNAの配列を変えることなく遺伝子の発現を制御する「エピジェネティック制御」の代表的な仕組みであり、一炭素代謝で作られるメチル基が利用されている。 ↩︎
  7. 一炭素代謝:メチオニンや葉酸などの栄養成分を利用して、DNAメチル化などに必要なメチル基を供給する代謝経路。発生や脳の発達に重要な役割を果たすことが知られている。 ↩︎
  8. C57BL/6(B6)系統:生命科学研究で広く用いられている近交系マウス。本研究では、感覚情報処理(PPI)が比較的高い系統として解析に用いた。 ↩︎
  9. C3H/He(C3)系統:生命科学研究で広く用いられている近交系マウス。本研究では、感覚情報処理(PPI)が比較的低い系統として解析に用いた。 ↩︎
  10. ホモシステイン:メチオニンが体内で代謝される過程で生じるアミノ酸の一種。一炭素代謝に関わる重要な中間代謝物であり、体内の一炭素代謝の状態を反映する指標の一つとして用いられている。 ↩︎
論文情報

タイトル:The early postnatal maternal environment influences prepulse inhibition and brain one-carbon metabolites in male mice
出生後早期の母体環境は雄マウスの感覚情報処理と脳内一炭素代謝物に影響する
著者:Motoko Maekawa*, Hongbo Wang, Hinako Kirikae, Anusree Kumar, Akiko Watanabe, Hisako Ohba, Yasuko Hisano, Tetsuo Ohnishi, Yuji Owada and Takeo Yoshikawa
東北大学:前川素子*、王 泓博、切替 日奈子、Anusree Kumar、大和田 祐二
理化学研究所:渡辺 明子、大羽 尚子、久野 泰子、大西 哲生、吉川 武男
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科器官解剖学分野
准教授 前川 素子(まえかわ もとこ)
掲載誌:Physiology & Behavior
DOI:10.1016/j.physbeh.2026.115514
URL:https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2026.115514

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院 医学系研究科器官解剖学分野
准教授 前川 素子(まえかわ もとこ)
TEL: 022-717-8037
Email: motoko.maekawa.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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