TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

東北大学医療系メディア「ライフ」マガジン

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〔いのち)の可能性をみつめる

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超音波の力で難治がんに挑む
東北大発、次世代型HIFU治療装置の開発

超音波と気泡で正確・即時な治療を実現 発熱効果2倍で安全性も向上

 5年生存率が約10%で、国内で毎年3万人以上が命を落とす難治性がん、膵がん。早期発見が難しく、外科手術も困難な症例が多い膵がんに対し、新たな治療法として期待されているのが、ソニア・セラピューティクス(以下、ソニア)が開発する次世代型超音波ガイド下集束超音波(HIFU:high-intensity focused ultrasound)治療装置です。ソニアCTOで東北大学の研究者でもある吉澤晋教授が、技術の実用化と普及に向けて機器開発に取り組んでいます。

 HIFU治療とは、体外から超音波を病変部に集束させて加熱・壊死させる治療法です。メスを使わず、放射線被曝もない低侵襲治療として注目されています。吉澤教授らの研究グループは、このHIFU治療にキャビテーション気泡を発生させる技術を組み合わせることで、治療効果と安全性を向上させました。

 超音波の集束により体内にキャビテーション気泡を発生させる点が、この治療装置の最大の特徴であると吉澤教授は言います。体内で発生させた気泡により、術者は超音波画像で正確に治療域を把握することができます。また、治療とイメージング双方の超音波が干渉するのを防ぐことで、リアルタイムに超音波画像を確認しながらHIFU治療が行えるようになりました。これは、呼吸移動のために治療対象を捉えづらい腹部臓器のHIFU治療において、画期的な技術といえます。また、キャビテーション気泡が存在する領域では超音波の発熱効果が2倍近く高まるため、照射エネルギーを低くしても十分な治療効果が得られ、正常組織への影響も最低限に抑えることができます。

 HIFU治療の本格的な研究開発は、2007年に吉澤教授が東北大学に着任した頃からスタートしました。「この研究開発は、私一人の成果ではありません」。吉澤教授がそう語るように、超音波治療の研究に取り組む梅村晋一郎教授(東北大学名誉教授)、共同研究を行った岡本淳准教授(当時、東京女子医科大学。現ソニアCOO)、HIFU治療の権威である祖父尼淳教授(東京医科大学)など、本装置の技術開発には、多くの医師や研究者が関わってきました。2017年には、臨床研究として本装置を用いた膵がん患者さんへの治療が11例行われ、安全性と有効性が確認されました。「人への使用で安全性が確認できたことは、本装置の開発過程での大きなマイルストーンとなりました。私たちは『あとは事業化するだけ』という確信を持ちました」。

 ところが、装置の共同開発に名乗りを上げる民間企業はなく、事業化は難航します。「にっちもさっちもいかなくなりました」と当時を振り返る吉澤教授。転機が訪れたのは、2019年にベンチャーキャピタルの主催するピッチイベントを含む事業化推進プログラムに吉澤教授らが参加した時のこと。当時製薬会社に勤め、後にソニア代表取締役社長となる佐藤亨氏が、吉澤教授らの研究成果と熱意に共感し、HIFU治療装置の事業性を確信します。そして 2020年2月、ソニア・セラピューティクス株式会社が設立されました。

PMDAの審査「一筋縄ではいかない」 CRIETO の支援受け、治験に早期着手

 現在、ソニアのHIFU治療装置は、膵がんの適応を目指した治験のステージにあります。その治験デザインの策定や、PMDA(医薬品医療機器総合機構)とのやりとりなどで、ソニアはCRIETOのサポートを受けてきました。吉澤教授は、「CRIETO のサポートなしには、この治験は実現しなかった」と語ります。ソニアの設立後、治験申請のためPMDAと事前相談をした時のことでした。「これは一筋縄ではいかない」と、治験審査の厳しさを知ることになります。ソニアとしては、事業計画を進めるために、可能な限り早く治験を開始したいという思いがありました。しかし、膵がんは多様な病態を示す治療の難しい疾患であることから、PMDAが求める治験の進め方とソニアが想定していた進め方は大きくかけ離れていました。 「PMDA、投資家、社員もここまでなら納得してもらえるだろうという調整をCRIETOにしてもらいました。なんとか落とし所をつけて治験を開始できることになったのは、CRIETOのサポートがあったからこそです」。

 膵がんの治験を進める一方で、ソニアではHIFU治療装置の製品版開発にも取り組んでいます。医師個人の技術に依存せず、より多くの医師が使用できるように、操作性・メンテナンス性の向上のため改良を重ねています。また術者によって治療効果に差が生じないように、クオリティの均てん化を図るための治療データの収集・分析のためのソフトウェア開発も行っています。

 吉澤教授は今後の展望として、膵がん以外のがん治療への適応拡大が必要だと語ります。「膵がんの適応が認められれば、それだけでも大きな成果ですが、一つの適応だけでは本装置の普及は難しいと考えています。今後、他のがん領域にも適応拡大させていくためには、次々と治験を行っていく必要があります。その際、CRIETOには、ぜひまたサポートをしていただきたいと思います」。

 一方で、吉澤教授は大学の研究者という立場から、次の世代に向けた人材育成と産学連携の推進も意識しています。そのために、まずは自身が東北大学発スタートアップの成功モデルとなるべく研究開発を進めたいと言います。「一つの技術の実用化が、さらに次のシーズを生むというサイクルを作りたいと思います。そうすることで、研究開発に携わる人材と技術が、常に最先端を走り続けることができるようになるのです」。吉澤教授たちの飽くなき探求心により、がん治療に新たな道が拓かれることが期待されます。

取材:2024年12月2日

研究代表者|吉澤 晋(よしざわ・しん)

東北大学 大学院工学研究科 通信工学専攻
大学院医工学研究科 医工学専攻 教授
東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻を修了。博士(工学)を取得。その後,日本学術振興会特別研究員(PD)を経て東北大学大学院工学研究科助教。2020年にソニア・セラピューティクスを共同創業。2021年10月より現職。

関連リンク
東北大学病院臨床研究推進センター広報誌「CRIETO Report vol.38」(PDF)