
『hesso』50号発行記念インタビュー
おおらかに、本質をすくいあげる絵のちから。
『hesso』50号発行記念インタビュー
おおらかに、本質をすくいあげる絵のちから。
100%ORANGE
2025.6.30 Mon
2013年に発刊した東北大学病院広報誌『hesso』が、50号を迎えました。患者さんに寄り添いながら、すべての人にわかりやすく医療や健康を伝えること、地域の“おへそ”のような存在を目指して発行を続けてきた『hesso』。創刊号からリニューアルを経て、現在は「ひざ関節」「歯と口」「脳卒中」「すいぞう」など毎号様々な特集テーマをもうけて、年に6回発行しています。内容は、病気や治療について医師が分かりやすく執筆する寄稿、医療に関しての身近な疑問、栄養を考えたレシピ、日常の健康管理に役立つツボやストレッチの紹介、東北に縁のある著名人によるコラムなど、幅広くもポイントをおさえた内容を、患者さんや地域のみなさんに届けています。
『hesso』が、時間をかけてみなさんに親しまれるようになった理由のひとつが、表紙の絵の力です。これまで多くの絵本や書籍の装画を手がけてきたイラストレーター100%ORANGEさんによる病気に寄り添いながらもユーモアあふれるイラストが“病院広報誌”というイメージを明るく広げています。それが『hesso』が多くの人に手に取ってもらうきっかけとなり、院内だけでなく書店やカフェでも置いていただけるようになりました。
今回は、『hesso』発行50号の特別企画として、100%ORANGEの及川賢治さん、竹内繭子さんにインタビュー。シンプルで愛らしく、アイデアあふれる絵はどのように描かれているのでしょうか。これまでの『hesso』を振り返りながら、話を伺いました。
『hesso』50号ですね。
及川
続けてきましたね。こうして改めて表紙を並べてみると、『hesso』の楽しさが表れていますね。
2019年の『hesso』のリニューアルとともに、表紙が100%ORANGEさんのイラストになりました。依頼された時のことを覚えていますか?
及川
はい。医療系のお仕事の依頼は初めてでしたが、『hesso』は毎号テーマがあって、それにあわせて絵を描いていくと聞いて、やりがいがあるなと感じました。
竹内
医療に関するものなので、通常の媒体よりも気を配るところは多いだろうなと思っていましたが、デザインを担当しているアカオニさんとは何度かお仕事していたので、気負いなく引き受けることができました。リニューアル前、病院スタッフのみなさんの写真が表紙の『hesso』をサンプルで見せてもらった時も、いい広報誌だなあと思っていて。
及川
病院の広報誌だけど、洒落ているし、こういう冊子があれば僕も手にとるなと思いました。今思うと、病院の中で表紙に出たかった!という人もいたんじゃないですか?

そういう声もありましたが、イラストに変わり、とても好評でした。どうしても病院は暗いイメージがあるので、明るくて温かい表紙になったね、と。
及川
うれしいですね。それはイラストの強みでもあるので。
毎号、特集のテーマとその専門医からの寄稿文をヒントに、イラストを描いてもらっています。ほぼ描き直しのお願いをすることなくスムーズに進みますが、悩んだテーマはありましたか?
及川
最近だと48号の「てんかん」特集は難しかったですね。僕自身が“てんかん”という病気に対してのシリアスなイメージがあって、いつもより身構えてしまいました。そういうイメージも「てんかん」のひとつの特徴で、“誤解や偏見を持たれてしまう病気”と先生の文章にもあったので、そこから考え直して描きました。
竹内
テーマにしっかり寄り添いたい、でもそれはどういう絵なんだろうか、と考えました。
及川
毎号テーマをもらって一瞬でアイデアが浮かぶ時と、悩む時とどちらもあります。例えば「腎臓」というテーマでも、単に臓器を書くのではなく、そこに少しアイデアを入れて描きたいという気持ちがあるので。
アイデアはどのように生まれますか?
及川
実は、依頼のメールを見た瞬間に思いつく時もあります。単純なアイデアほど良いです。表紙を見るのは一瞬だと思うので、『hesso』において僕のイラストは冊子を手にとってもらうきっかけになることが目的だと思っています。インパクトを大切に考えているので、ひねったアイデアを入れすぎないということも意識していて。シンプルな線画であれば、そのタッチ自体もアイデアですしね。

難しいテーマや、アイデアが浮かばない時はどう乗り越えていますか?
及川
難しい仕事はパターン化できないので、その都度考えていくしかないと思います。だからといって、絵に悩んだ形跡は見せたくないので、5秒で考えて描いたような絵に仕上げたいんです。プロの意地ですね(笑)。のびのびやっているように見えれば、それは手にとる人にも伝わるのかなと思っています。
31号「ひざ」特集から、絵のタッチが変わってよりシンプルになり、100%ORANGEさんの絵にある瞬時に伝わるユーモアが効いていますね。
及川
編集方針によっては、表紙にテーマや特集の内容を全部込めたいという事もありますが、絵ですべてを表すことはできないと思っています。できることは、内容の一部分をうまくスプーンですくって、ひと口分だけ絵に表す、そんなイメージで描いています。

特集の寄稿を担当している医師からは、「イラストの表現が素晴らしい!」という喜びの声も多くあります。それは、文章で伝えたい大事なエッセンスをしっかりイラストにしてくださっているからだと思います。特に「すいぞう」特集の4コマ漫画は、寄稿した医師がとても感動していました。
及川
僕も分からないことがたくさんあります。すい臓にもたくさんの機能や役割があるので、絵で表す時に少しごまかしているような部分もあるのですが…(笑)、そう言ってもらえてよかったです。

これまで描いてきたイラストで、気に入っているものはありますか?
及川
33号の歯のイラストは、4コマ漫画もふくめて気に入っています。歯が自分で歯医者に行く、という内容で。待合室などで読んでくれているとうれしいですね。「なんだこれは?」と思われたい。

4コマ漫画のhessoちゃんも人気です。
及川
最近は、熊も漫画に登場していて活躍しています。hessoちゃんに「体が痛い」と言わせたくないので、熊に少し痛い役目を…かわいそうなのですが(笑)。熊は東北らしさもありますし、描いていて楽しいんです。実は、僕も母が福島出身で、小さい頃は夏休みになると帰省してカブトムシをとって遊んだりしていましたね。あと、僕は“賢治”という名前なのですが、宮沢賢治からとった名前なんです。
そうなんですね!そういった及川さんの東北への愛情も注がれていたのですね。
及川
東北は好きです。そうやって楽しみながらも『hesso』の特集テーマは毎回病気なので、真剣に取り組んでいます。
竹内
手にとってくれた方が悲しい気持ちになるイラストにはしないと心掛けています。でも気にしすぎるのも良くないので、その点で『hesso』はおおらかに描かせてもらっていますね。
及川
自分から絵にブレーキをかけすぎても良くないと思うんです。こちらが先回りして心配して、表現が小さくなってしまっても良くないから。

そう考えると、これまで4コマ漫画に関しても医師から修正依頼が出たことはありませんね。
及川
この絵を描く人に何か言っても仕方ないって思われているのかな?(笑)。大きな病院なのに、おおらかに受け入れてもらえてありがたいです。
創刊から10年以上かけて積み重ねてきた信頼が院内でも浸透しているのかもしれません。表紙の力はもちろん、中面の寄稿文の挿絵も、毎回ひと工夫がにじみ出ていますね。
及川
寄稿ページにイラストがないと、少し固い印象を持つ人もいるかもしれません。でも絵がひとつあるだけで、誌面がこうして柔らかに変化する。イラストが機能しているのを感じて、描いていて楽しいです。

『hesso』を読者として見続けてきて、いかがですか?
及川
どんどん読みやすくなっていると思います。レイアウトもすっきりして文字も読みやすいし、いつも「まちがい探し」までしっかりやっています。なかなか最後のひとつが見つからなくて(笑)
ありがとうございます。2023年にはグッドデザイン賞のメディア部門で受賞しました。医療にまつわる情報は、すべての世代の人に関係するにもかかわらず無関心層には届きにくいという課題があります。その課題に向き合って老若男女、すべての人に届くように発信していること、10年続けてきたこと、そして病院、患者さん、地域とのコミュニケーションツールになっているという『hesso』の仕組みが評価されました。
及川
うれしいですね。デザインの評価は色や形だけではないので。シンプルに長く続けていけたらいいなと思っています。
竹内
ウェブではなくて手に届く紙媒体であること、そして今の『hesso』が年に6回発行という刊行ペースも読者とのコミュニケーションに影響していますよね。年に2回発行だと忘れてしまう人もいるかもしれないから。

100%ORANGEさんは、これまで絵本や書籍をはじめ多くの紙媒体を手掛けられていますよね。
及川
はい。紙媒体がどんどん減ってきて、本も電子書籍が進んでいますが、絵本は必ず残っていくと思っています。親子で絵本をさわる、紙に印刷された物語を一緒に読むということは、子どもにとって大きな影響を与えることだと思うから。『hesso』でも、絵本特集なんてどうですか?
子どもの発達上、読み聞かせはすごく大事だと言われていますし、とても良いアイデアですね。ほかにどんなテーマに興味がありますか?
及川
最近は、疲労や老化かな(笑)。朝近所を40分くらいかけて散歩をしているのですが、その時間がすごく好きなんです。歩いているうちに、だんだん散歩道が洗練されてきて、そこに散歩をする人が集まってくるんだと気がつきました。特におもしろい道ではなく、つまらない道を歩くことが今、最高に楽しいんです。


100%ORANGE
イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」(新潮社)、絵本に『ぶぅさんのブー』(福音館書店)、『エルメスのえほん おさんぽステッチ』(講談社)『ひとりごと絵本』(リトルモア)、漫画に『SUNAO SUNAO』(平凡社)などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』(岩崎書店)で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

hesso(へっそ)
2013年創刊。人のからだを中心に、いまの医療を中心に、すべての人にわかりやすく医療や健康を伝える東北大学病院広報誌。年6回発行している。10年以上にわたり広報誌を通じて、品質の高いコミュニケーション活動を続けていることが高く評価され、2023年グッドデザイン賞を受賞。
〈クレジット〉
TEXT &PHOTO/LIFE編集室