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〔いのち)の可能性をみつめる

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歌という薬

木村紅美

 10年ちょっとまえ、編集者と会った帰り、厳しいひとことを言われた。別れて歩き出した瞬間、首の裏に、ぷつっ、と何かできた。アパートに着くころにはぷつぷつは全身に生じ、猛烈に痒くなっていた。おさまった、と思っても、夜に布団に入り眠ろうとするなり、また広がって眠れない。
 皮膚科にかかると、ストレスが原因のじんましん、と診断されて抗ヒスタミン剤を貰った。効き目はあったけれど副作用が強く、そのあと、何種類か薬を変えた。
 小説を読んでも映画を観ても、つまらない、とか、むずかしい、と感じるなり、ぷつぷつは現れた。それが、好きなミュージシャンのライヴへ行くと、完璧に止まる。ポール・マッカートニーが東京ドームで、たったひとりでキーボードを弾いて歌う「ブラックバード」は全身の細胞にやさしく沁みた。
 けっきょく、最初に処方されたものが私の体質にはもっとも合う薬で、いまも、痒みが出そうになると頼る。発症した年は毎晩、服用していた薬の量は、いつからか、年に30錠ほどに減った。ポールの歌は医療に匹敵する。私は両方に感謝している。

木村 紅美

小説家。1976年生まれ。兵庫県出身。十代を仙台市で過ごし、2020年から岩手県盛岡市在住。2006年、『風化する女』(文藝春秋)で第102回文學界新人賞を受賞しデビュー。『あなたに安全な人』で第32回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、『熊はどこにいるの』(ともに河出書房新社)で第61回谷崎潤一郎賞を受賞。

※東北大学病院広報誌「hesso」54号(2026年2月27日発行)より転載

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