TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

東北大学医療系メディア「ライフ」マガジン

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

〔いのち)の可能性をみつめる

TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

〔いのち)の可能性をみつめる

未踏の領域を、希望のフィールドへ
日本発・世界初 大腸がんエピゲノム診断薬 「OncoGuide™ EpiLight™メチル化検出キット」社会実装

なぜ左なのか――。臨床的洞察とDNA塩基配列の限界

がん治療のパラダイムシフト(歴史的転換点)となった分子標的薬が登場して四半世紀。がん腫によっては予後を劇的に改善し、また、患者の遺伝子情報や特性に合わせて最適化された医療を提供するというプレシジョン・メディシン(精密医療)やパーソナライズド・メディシン(個別化医療)を前進させる原動力となった。
「抗EGFR抗体薬」は、切除不能な進行・再発大腸がんの治療薬として早くから承認された分子標的薬である(セツキシマブが最も早く2008年7月承認)。当初は、バイオマーカーに基づかない投薬が行われていたため、効果の発現には大きな差異がみられたが、後ろ向き解析でKRAS(のちにRAS/BRAF)遺伝子が見いだされ、「RAS遺伝子に変異を認めない(野生型)患者」への使用が標準となった。続いて「原発巣の部位が左側(下行結腸、S状結腸、直腸)」であることも国内ガイドラインに加えられ、世界的スタンダードにもなった。
なぜ左か? 臨床現場では、大腸がんの原発巣部位の局在(右か、左か)で、有効性が異なることが経験的に知られていたからである。しかし、左側でも効かない群、右側でも奏効する群があり、臨床的洞察の限界も同時に知られていた。部位というマクロな情報だけでは、腫瘍が持つ複雑な振る舞いを捉えきれなかったのである。
「臨床的知見や遺伝子配列(ゲノム)のみに依存しない、より高精度な予測因子、バイオマーカーの確立が不可欠かつ急務でした」と述懐するのは石岡千加史(元・医学系研究科臨床腫瘍学分野教授、現・JR仙台病院院長、東北大学病院腫瘍内科客員教授)である。石岡は、RAS遺伝子変異のみでは治療効果が予見できないアウトライヤーの存在に対し、エピゲノム制御メカニズムの一つである「DNAメチル化」に着目。バイオマーカー探索の新たな地平を目指し、研究室は動いた。
髙橋信(当時・同腫瘍内科講師、現・仙台厚生病院化学療法センター副センター長)は語る。「2010年代前半から石岡先生と共に、切除不能の進行再発大腸がんの網羅的遺伝子発現プロファイル(トランスクリプトーム)に着手し、探索を強化してきました。当時、解析ソフトなどは整備されておらず、地道で、泥臭く、高い精度を要する作業が求められました」。ここで得られた膨大な発現量のデータは、後の“世界初”の成果へと地続きであった。
そして、バトンは渡される。

ビッグデータを医学の価値へ。次世代診断薬の夜明け

石岡を中心に進められていたDNAメチル化状態を標的とした臨床指標探索の風向きを変えたのは「次世代シーケンシング(NGS)」の登場であった。
当時大学院生で、石岡、髙橋から指導を受けていた大内康太(現・東北大学病院腫瘍内科助教)は、東京大学先端科学技術研究センターの油谷研究室へと赴いた。世界のゲノム・エピゲノム解析を牽引し続けてきたトップランナーの現場で、研鑽を積み、バイオインフォマティクスの技術を磨くためである。「高ノイズ・多次元のビッグデータを医学的な意味のある知見に変換しなければなりません。油谷研のエキスパートたちと対話を重ねることで、スキルギャップを克服していきました」と大内。研究の進展により、ついにDNAメチル化情報(エピゲノムの重要な指標)が「高メチル(HMCC)」と「低メチル(LMCC)」という明瞭な境界を描き出し、薬剤応答予測におけるシャープな結果を示した。すなわち、低メチルタイプには抗EGFR抗体薬が有効で、高メチルタイプは感受性を示さないことが判明したのである。原発巣の局在性がバイオマーカーとされたのは、左側の腫瘍に低メチルタイプが多く、右側には高メチルタイプが多かったためであった。
見いだされた知見を、一刻も早く臨床の現場へ。体外診断用医薬品の開発に向けては、早くから株式会社理研ジェネシス(本社:東京都品川区、代表取締役社長 大井優子)との連携が進められた。アカデミアが有する高度な臨床知見と網羅的な解析力、そして企業が誇る厳格な品質管理と社会実装ノウハウ。これらを高度に融合させることで、臨床応用に耐え得る次世代診断システムの構築が現実のものとなっていった。

エピゲノム診断が、がん治療の限界を突破する

長年にわたる石岡チームの試行錯誤は、体外診断用医薬品「OncoGuide™ EpiLight™メチル化検出キット(体外診断用医薬品承認番号:30600EZX00019000)」として結実、2025年6月1日に保険収載された。エピライトは、大腸がんにおける“日本発・世界初”のDNAメチル化検出キットであり、固形がんのプレシジョン・メディシンに初めて導入されたエピゲノム診断薬である。
かつては「複雑すぎて診断には向かない」とされたエピゲノム解析。私たちは今、ゲームチェンジャーが誕生する瞬間を目の当たりにしている。並み居る世界のトップ研究機関を差し置いて、いち早く成果を上げた理由はどこにあるのか――。それは貫かれた「Bed sideからBenchへ、BenchからBedsideへ」の理念である。机上の理論だけではなく、患者のための研究という熱量がこの研究をドライブさせた。
「日本の科学技術戦略において、医薬品・医療機器は国家の経済成長と安全保障を担う重点分野と位置づけられています。エピライトも海外マーケットを視野に、すでに国際プロモーションが始まっています」と石岡。また、より低侵襲な診断方法として、大内を中心にリキッドバイオプシー(液体生検)の研究も加速している。
実用化までには走破不能と思われるような困難が数多く現れる。「CRIETO(東北大学病院 臨床研究推進センター)は、外部資金獲得や審査の支援、またアカデミアと企業を架橋する組織としてとても心強い。私たちのケースでも、知財形成など、いくつかのフェーズで力添えいただきました」と石岡。そして次世代へ向けて言葉を紡ぐ。「研究で得られた成果を医療に還元するには、非常に長いプロセスを要します。実用化への技術展開、知的財産戦略、企業との協働、研究費獲得、薬事承認まで、すべてがチャレンジングな取り組みです。しかし挑戦し続けることを諦めないでほしい。たとえ一人では足がすくむような高い壁であっても、異なる専門性を持つ仲間が知恵を出し合えば、それは乗り越えられる試練に変わります」。
未踏の領域を、希望のフィールドへ。挑む者の数だけ、救える未来がある。

関連リンク
東北大学病院臨床研究推進センター広報誌「CRIETO Report vol.39」(PDF) プレスリリース|大腸がんのエピゲノム診断薬 DNAメチル化検出キット「OncoGuide™ EpiLight™メチル化検出キット」の保険適用のお知らせ プレスリリース|DNAメチル化検出キット「OncoGuide™ EpiLight™メチル化検出キット」の 国内製造販売承認取得に関するお知らせ