
「人の命や暮らしをいかに救うか」問い続け、企業で研究開発
髙橋一平(東北大学大学院医学系研究科 医学科専攻 分子疫学分野 卒業生)
2025.10.6 Mon
大学院に進学しようと思った理由は?
管理栄養士の養成校に在学していた当時、日々の学びの中で、「健康的な食事をしていても病気になる人とならない人がいるのに、なぜ栄養素の推奨量は一律に定められているのだろうか」という疑問を抱きました。そうした背景から、個人ごとの遺伝的背景や生体マーカー、生活習慣に基づいて健康との関連を検討する分子疫学の分野に強く魅力を感じ、より専門的な知見を得るために大学院へと進学しました。研究室訪問の際にお会いした栗山進一教授の温かなお人柄や、学生一人一人の興味関心を尊重しながら研究を導いていく姿勢に深く引かれたことも、進学を決めた大きな理由の一つです。
実際に進学して、いかがでしたか?
進学当初は疫学の専門知識や統計解析に不安を感じていましたが、栗山教授と指導教員の小原拓先生をはじめ、先生方の丁寧なご指導と研究室の温かな雰囲気に支えられ、前向きに研究に取り組むことができました。異なる背景を持つ仲間との議論も刺激的で、視野が広がりました。
大学院で行った研究について教えてください。
大学院では、東北メディカル・メガバンク計画三世代コホート調査のデータを活用し、さまざまなテーマに取り組んできました。中でも特に印象に残っているのが、幼児期のスクリーンタイム(デジタルデバイスの視聴時間)と行動特性に関する研究です。デジタルデバイスが急速に普及している現代において、社会的にも学術的にも意義のある知見が得られたと感じています。三世代コホート調査のデータを使って研究できたことは、大学院生活の中でも特に貴重な経験であり、関係者の方々に大変感謝しています。
研究室はどのような雰囲気でしたか。
研究室はとても温かく、落ち着いた雰囲気でした。先生方はもちろん、研究室での先輩、同期、後輩も親切で、困ったときには気軽に相談できる環境が整っていました。個々の関心やペースを大切にしながら、それぞれが真剣に研究に取り組んでおり、良い刺激を受けました。居心地が良く、安心して学びやすい環境だったと感じています。
学びの環境において東北大学の良いところは?
最先端の研究環境と、分野を越えた学びや共同研究の機会が豊富にある点が東北大学の魅力だと感じています。中でも東北メディカル・メガバンク機構は、世界最先端のコホート調査を管理・運営しており、ライフコースを通じた医学研究の基盤となっています。このような貴重なデータに大学院生の立場で触れられることは大きな特長であり、実践的かつ社会的意義の高い研究に没頭できる、非常に恵まれた環境だと実感しています。また、仙台は自然と都市機能が調和し、研究に集中しながらも心穏やかに暮らせる、居心地の良い街でした。
現在のお仕事で、大学院時代の経験はどのように生きていますか?
現在は、味の素株式会社で研究開発職として勤務しています。業務としては、データを活用して、自社の製品やサービスの価値を高め、生活者に健康と幸福を届けることを目指した研究を実施しています。大学院ではデータ解析を基軸として、ライフコースを踏まえた医学研究に取り組んできましたが、そうした経験は現在の業務にも直結しています。特に、仮説構築からデータ解釈に至る一連の思考プロセスは大きな財産となっています。大学院時代、栗山教授からは、医学研究においては単なる知的探究にとどまらず、「人の命や暮らしをいかに救うか」を問い続ける姿勢こそが何より重要であると教わりました。その精神は今も私の中に深く息づいており、企業の研究者という立場においても、目先の成果や利益にとらわれることなく、社会や人々の健康に真に貢献できる研究を追求していきたいと考えています。
今後の目標や抱負をお聞かせください。
企業としての製品やサービスの在り方を通じて、より多くの生活者のウェルビーイング向上に貢献したいと考えています。大学院で学んだ分子疫学の知見を生かし、科学的根拠に基づいた価値提供を実現していきたいです。食品企業に入ったからには、自分が関わった商品を実際に店頭に並べてみたいという願望もあります。
趣味や休日の過ごし方は?
最近、ハンドパンという楽器を始めました。以前、仙台駅のアーケードで演奏している方を見かけ、その美しい音色がずっと心に残っていたのがきっかけです。思い切って購入し、休日は自宅で音を楽しんでいます(写真1)。ただし、思った以上に場所を取るため、設置後すぐに「家具」として認識されました。また、子どもの頃に夢中だったベイブレードに再びハマり、最近は同期の数名と一緒に大会に参加しています。添付の写真は、前日に2時間も練習して「これは優勝あるぞ」と確信して向かったものの抽選で無慈悲に落選。戦わずして敗れた直後、魂が抜けた顔に笑顔の仮面をかぶせた瞬間です(写真2)。
今日も僕の部屋ではハンドパンが静かに鎮座し、ベイブレードは音を立てて回っています。部屋はどんどん狭くなっていますが、趣味だけは着実に拡張中です。行き先は分かりません。栗山先生、僕はこれでいいのでしょうか。


髙橋 一平(たかはしいっぺい)
岩手県出身。2025年3月、東北大学大学院医学系研究科 医科学専攻 分子疫学分野卒業。卒業学位は博士(医学)。現在は味の素株式会社で研究開発職として勤務。