
「建築といのち」
―建築計画者・小野田泰明教授とともに「川内萩ホール」を巡る(後編)―
小野田泰明(東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻 建築空間学分野 教授)
2026.6.5 Fri
「建築計画者。建築設計の前提条件をデザインするこの聞きなれない職能が私の仕事だ。クライアントと擦り合わせを詳細にしながら、面積表や施設ダイヤグラムを使って設計の前段を整えるのが役割であり、時には設計者の選定から、空間の設計、運営条件の設定までを担当する」(『プレ・デザインの思想』TOTO出版)と、小野田泰明教授は自身の仕事について著書で語っている。「東北大学百周年記念会館 川内萩ホール」においても、早い段階から事業に参画し、ミッションの確認、前提条件(法的制限)の整理、方向性の整理(「会議場の機能をもつコンサート系ホールへのリノベーション」)、さらには収支を含めた運営のシミュレーションと体制づくりまでを、設計の前段階(=プレ・デザイン)において描きだしていることは、前編の萩ホール・ツアーで見たとおりだ。
それは、建築というものを社会において望ましい役割を果たすよう導くとともに、そこを利用する人びとが生き生きとその場所を利用するようなありかたを描くシナリオのようだった。建築が社会にひらかれてゆくストーリーを目の当たりにしたようにも感じられた。
さて、これまで萩ホールをガイドくださった小野田教授に、最後に、「LIFE」的な質問をひとつだけ投げて締めることとしたい。「『建築といのち』というフレーズから、いまどんなことを思い浮かべますか?」

小野田
ひとが生きる、ということをあらためて説明するというのは、とても難しいことです。たとえばサバンナに生きる動物たちは、それぞれの場所に居を構え、餌を見つけて食べたり、子どもを安全な場所に隠したりしています。さまざまな場所の特性を見ながら、そこにあるブッシュとか、くぼみとか、南側の斜面とか、そうしたものをうまく使いながらそれぞれの居場所を占めています。テレビ番組でそうしたサバンナに佇む動物たちの姿をわたしたちは「わぁ面白いなぁ」なんて言いながらぼんやりと見ているわけですが、あれらの動物たちは勝手にそこにいるわけではなく、移動をくりかえしながら自分の生存に最適な場所をきちんと見定めてそこにいるのです。生きものというのはそのように、決して個々に独立して存在しているわけではなく、ある大きな環境のなかで、環境とのつながりによって生きています。環境から空気とか水とか食べものといったような生きる糧を得たり、排泄したものが綺麗に外へと出ていくようにしたり、というように。
そうした野生の生きものたちと同じように、人と環境のあいだにもやはり「空間」というものがあります。その空間をどう設定するかによって、人がどの方向でどのように環境と対峙するかが決まる、とわたしは思っています。その方向は、「正しい」とまでは言えないとしても、「適切な」方向へ、つまりその人がしっかりとじぶんの幸せ(=ウェルフェアネス)を獲得できるほうへと向けられるべきだろう、ということです。その意味で、空間をどう設定するか、ということは非常に大事なことです。「生きることは住むことである」という意味のことを語っていたのは哲学者マルチン・ハイデッガーでしたが、われわれが扱っているのはまさにそうした根本的なテーマではないかと考えています。
ところで、建築士は、医師、弁護士、公認会計士とともに士業などと言われ、業務独占資格を有しています。無資格者が行うと刑法で厳しく罰せられる稀有な職能な訳です。それはなぜかというと、国民の生命と財産という大切なものに関係するから、とされています。もちろん医師は、人間の身体や生命に直接に関わります。それに対してわれわれ建築士は、環境の中に建築を構築し、か弱い身体を守り、社会の円滑な運用を保証する。言い換えれば、身体と自然とのインターフェースを作り出す専門職です。われわれにそうした資格が与えられているという事実は、極めて重いものだと考えています。ですからわれわれは、人間の存在に関わるという責任を果たしていかなければなりませんし、そういう意味では、医師と共通するものを持っていると言えるかもしれません。
人間がどういう状態であれば「幸せ」なのかということについては、さまざまな議論があります。よくわたしが引用するのは、アマルティア・センの「ケイパビリティ=Capability」という考え方です。ノーベル賞受賞者である経済学者である彼が用いている「ケイパビリティ」とは、そのまま訳せば「能力」ということになりますが、ここで言っているのは、健康でいられること、教育を受けられること、社会に参加できること、自分の価値観にもとづいて生きられること、といったような人生の選択の幅のようなもののことです。センは、「人間にはそれぞれ違う可能性があって、その可能性をどこまで発揮できるか、というその状態が幸せなのだ」という意味のことを言っています。幸せを、人ができることやなれることの可能性のひろがりとしてとらえ直しているのです。
東北大学で学ぶ学生のみなさんはもちろん、この萩ホールを利用しにいらっしゃる地域のかたがたが、それぞれに持っておられるポテンシャルをどこまで引きあげることができるのか。もっと自由にやっていいんだよ、とか、自分を信じてもっと遠くまで行けるよ、というようなことを、上から目線の「啓蒙」ではなくて、それぞれが自発的に気づいていただいて、ちょっとでも一歩を踏み出して、じぶんの可能性をひろげていただくことが、安心してできる。そういう空間をつくるということが、われわれ建築をやる人間の役割なのではないか、と考えています。
Text:空豆みきお(akaoni)
Photo:三浦晴子
小野田 泰明(おのだ やすあき)
1963年石川県金沢市生まれ。博士(工学)、一級建築士。東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻建築空間学分野教授、同災害科学国際研究所教授(兼担)。日本建築学会会長(2025〜)。
建築のソフトとハードをつなぐ「建築計画者」として、せんだいメディアテーク、流山おおたかの森小中学校などの立ち上げに参画。阿部仁史氏らと共同で、くまもとアートポリス・苓北町民ホール(日本建築学会賞・2003年)、東北大学百周年記念会館・川内萩ホール(公共建築賞・2016年)を設計。東日本大震災発災後は、岩手県釜石市、宮城県石巻市・岩沼市・七ヶ浜町などで行政・事業者らと共同して復興事業に注力。2022年日本建築学会賞(論文)、2026年日本建築学会賞(業績)受賞。
著書に、『プレ・デザインの思想 建築計画実践の11箇条』TOTO出版、2013年(日本建築学会著作賞)、『復興を実装する 東日本大震災からの建築・地域再生』(共著)鹿島出版会、2021年などがある。