
外科医の手、まなざしの先
亀井尚(東北大学病院 病院長)
2026.6.18 Thu
開設から110余年。東北大学病院は、どうしたら患者さんを助けることができるか、という問いに向きあってきた。地域の医療の最後の砦として、多くの難しい症例を引き受けてきた。そのなかで、あたらしい医療もまた求められてきた。この病院の歴史は「あたらしい医療をつくる」ことの分厚い地層である。いまこの瞬間にもまた少しずつ、その地層にはあらたな厚みが積み重ねられている。
外科について言えば、そこにひらかれてきたのは、あたらしい手術ということになる。文字通り、医師の「手の術」によって患者の身体に介入する医療。時代における最新の道具、やりかた、技術を駆使して、医療の世界をリードするような手術がいくつもおこなわれてきた。そうした歩みの先にこの病院の現在がある。高度かつ侵襲の大きい外科医療は、つねに新しい技術や知見を取り入れながら、「より低侵襲で、より安全な医療」への進化をつづけている。
ここでは、そうしたあたらしい医療の可能性をひらいてきた「外科医の手」に目を向けてみたい。ながく手術の道を歩んできたスペシャリスト、東北大学病院 亀井尚病院長に、「手」についての話を聞いた。
切る、剥がす、つまむ、結ぶ、
を繰り返す手の仕事
亀井
手について……? 考えたことがありません。でも、わたしはふだんから手を大事にしています。外科医になってからは爪を伸ばしたことがありません。いつも深爪です。また、すこしでも時間があるようなときには、意識して指先を動かすようにしています。指先に痺れるような感覚があったりすると嫌ですね。身近に置いてある鉗子などの道具を握ったり、カチャカチャと動かしたり、ということはよくやります。ちょっとした指先のトレーニングのようなものかもしれません。外科医というのは、ピンセットや鉗子、メスなどを使って、切って、剥がして、つまんで、結んで、ということの繰り返しですから。

かつて、わたしがまだ若い学生の頃には「Big surgeon, Big incision.」という言葉がありました。「偉大な外科医は傷が大きい」。胸や腹を大きく開いて、広い術野で手術するのがあたりまえの時代でした。それが、1991年に日本で初めての腹腔鏡下胆嚢摘出術が行われ、その後、この手術は急速に広まりました。小さな穴から内視鏡や鉗子をおなかの中に入れ、モニターを見ながらおこなう手術です。従来の開腹に比べて傷が小さく、患者さんの体への負担が少ない、低侵襲手術の先駆けでした。

わたし自身は、外科医になって30年ほどになります。専門は食道がんです。がん手術とは、がんそのものと、転移している可能性のあるリンパ節をごっそりきれいに取ってくるというものです。実際にその作業をおこなうのが外科医の手、というわけです。
精緻なアームの動きと
拡大視野による新しい手術
亀井
最近は、外科医の手の役割をロボットが担ってくれます。手術支援ロボット「ダヴィンチ」は東北大学病院には2台あり、産婦人科、泌尿器科、消化器外科、呼吸器外科など、ほとんどすべての領域の手術に使用され、フル稼働しています。

ロボットを使う手術では、外科医はサージャンコンソールと呼ばれる操作席に座り、アームを操作します。たとえば、人間の指では2mmだけを正確に動かすのは困難ですが、人間が1cm動かすとアームが2mmだけ動く、という設定が可能です。自動補正されるので、手ブレしません。ロボットは、関節がかなり自由で、人間の手よりもずっと自在。切る、つまむ、縫うといった作業を精密におこなうのが得意です。また、手だけでなく目も非常に優れていて、3Dでかなり精細な画像を映しだしますし、最大14倍での拡大視もできます。ロボットを使った食道がんの手術ですと、出血量はきわめてわずかで、非常に低侵襲の、体に優しい治療と言えます。


現機種では、操作する術者の手には、「組織をつまんでいる」とか「引っ張っている」という感覚はありません。触覚がないのです。それでも術者は、剥がしたり切ったりすることに慣れていきます。拡大された視野で臓器や血管などの様子がよく見えるぶん、触覚の欠如を視覚が十分補います。
ロボットもひとつの道具ですし、それを使うかどうかに関わらず、食道がんであれば、患部を「取る」、取ったら食べ物の通り道をあらたに作り直すために「つなぐ」というように、外科医が手術でやることは同じです。わたし自身は世代的に、開腹手術も、腹腔鏡手術もしましたし、今ではこうしてロボットを使った手術もして、というように、いろいろな経験をさせてもらいました。これに対して、これからの若い世代の外科医はおそらく、ロボットからスタートする、というのがふつうになるでしょうね。

器用であることより、
見ること、読み解くこと、理解すること
亀井
外科医には手先の器用さが必要か、と問われれば、それほど大事なこととは思いません。ふつうで十分だろうと思います。重要なのはむしろ、「切るべきところにどのようにアプローチするか」という作戦のほうです。あるいはまた、「この患者さんの場合はこういうことが起こる可能性がある」と危険を察知する能力です。手術前にはCT検査をおこない、患者さんの体の中を断面画像として撮影します。その画像によって臓器や血管や骨などその人固有の身体の特徴が見えてくるので、「この患者さんの手術ではここが重要なポイントになる」とか「ここからではなく別の方向からアプローチしよう」とか「まずこの血管を処理してから先に進もう」といった作戦を組み立てていくわけです。
手術が早い医師は、次にやるべきことがわかっています。「こうして、こうなると、こういうのが出てくる」というように、つねに次の想定ができているから、準備もできる。反対に、現場でその都度考えているようでは遅くなるばかりです。

手術前のCT画像を見た段階で、「あ、この患者さんはこういう感じだな」「この人の体の中はこうなっていて、ここをめくるとこうなっているな」というイメージを頭の中に想起すること。その人の体を高い解像度で理解すること。そして、想像していた術野の展開を速やかに行うこと。それこそがもっとも大事なことではないでしょうか。
それに比べれば、手先がすごく器用だとか、細かい操作ができるとか、縫うのが上手だとか、そういうことはそれほど本質的なことではないだろう、とわたしは思うのです。この部分はロボットが補完してくれる時代になっていますから。
Text:空豆みきお(Akaoni)
Photo:三浦晴子
亀井 尚(かめい たかし)
1966年生まれ、岩手県出身。1991年東北大学医学部卒業、1999年東北大学大学院医学系研究科修了。東北大学医学部第二外科、石巻赤十字病院などを経て2016年に東北大学大学院消化器外科学分野教授に就任。2019年東北大学病院副病院長を経て2026年4月より東北大学病院病院長、東北大学副学長(病院経営担当)。