TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

東北大学医療系メディア「ライフ」マガジン

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

〔いのち)の可能性をみつめる

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伊藤亜紗・愼 允翼
往復書簡(4)

伊藤亜紗(美学者・東京科学大学教授)
愼 允翼(東京科学大学研究員)

手は、誰にとっても身近な存在でありながら、その経験のあり方は決して一様ではありません。触れること、動かすこと、感じること。私たちは日々「手」を使いながら生きていますが、その手をどのように経験しているのかを言葉にする機会は、案外少ないのかもしれません。

今回の特集「手」では、美学者・伊藤亜紗さん(東京科学大学教授)と、SMA(脊髄性筋萎縮症)とともに生きる研究者・愼 允翼(シン・ユニ)さん(東京科学大学研究員)による往復書簡をお届けします。

それぞれの身体経験を手がかりに、「手」がひらく世界について考えていきます。深い個別性のなかから立ち上がる、人間の身体と関係のありように耳を澄ませる、全6回の往復書簡です。

▶ 往復書簡(1)はこちら
▶ 往復書簡(2)はこちら
▶ 往復書簡(3)はこちら

第4回:愼 → 伊藤

伊藤 亜紗 さま

まだまだ暑いですね。異様に涼しい夜も少しあるせいか、周りでは夏風邪が流行っています。それなのに僕だけは取り残されたように元気です!木陰のご加護のおかげか、あるいは自分や他人が思っているよりも僕はタフなのかもしれません。季節や他人のリズムと同期しにくい、この身体の面白さにいまさら気づいているこの頃です。

テーマの「手」を超えて、皮膚や毛髪という地味な器官へと話が広がりましたね。面白いことに、後景に退くと思われた「表現器官」の問題も帰ってきています。なるほど、身体の中で刻一刻と起こる無意識の変状を敢えて行為とみなせば、「社会的なやりとり」だけでなく、身体の使い方や関わり方も随分と広がりそうです。けれど、身体の「ベクトル」をすぐに「欲望」と読むことには待ったをかけたい。実際、対象の定まらない矢印は後から、欲望の線として見出されているのではないか。

最初の書簡で伊藤先生は、僕の身体に垣間見える「謎」の魅力と同時に、仕事をご一緒する中で「記号的」な理解が進んだとも書いておられます。思うに僕は絶えず介助を必要とするために、自分の身体を表現するやり方が多少パターン化しています。そのとき、次に何をしてもらいたいかという未来への欲望はどこか既成のもので、その瞬間に自分の身体が何をしているのかという現在への集中は難しい。すると謎の入り込む余地は少なくなり1、僕にはほとんどの他者が介助者として見えてくる。つまり僕の欲望は、してほしいことの言明を経由しやすく、身体の謎を無化しかねない。

このつまらないあり方を免れるのは、言葉も要求も必要としない秘密の時間だけです。そのとき僕は、相手に触れにいきたいと欲望していると言うより、相手の手の中で(?)現に手を動かしている自らの微細な運動を次々と見出していると言えます。さえさんのお話(往復書簡(3)を参照)で僕が寿ぎたいと思ったのも、郵便を取りに行くという対象の定まった運動よりは、その日その瞬間になにかが身体に起こったという驚嘆の方です。欲望が芽生えたと気づく前から、身体はずっと生きて動いているのですから。

そして伊藤先生は僕の皮膚と毛髪をじろじろ見ているというお話でしたが(まとめかたに語弊がある)、濱口竜介さんとのイベント2でも仰ってましたね!つやと輝きを放ちながら伸びゆく髪の毛…そうか、僕はラプンツェルだったのか。彼女の髪は「手」の射程を超えて伸び、柔らかく他者と触れ合う媒介になる。ただし、その能力は高所から垂らすことで初めて発揮できるという条件に拘束されてもいます。つまり、ヒーローには塔の下まで来てもらわなければいけない。

この限界に対し、爪について少し考えてみます。僕は皮膚や毛髪より爪のつやをよく褒められるので。爪は髪のような成長周期を持たず、持続して伸びます。20本という限定があって、身体の端を硬く伸ばして自他を傷つけながら食い込んでいく暴力性もある。『ジョジョの奇妙な冒険』のジョニィ・ジョースターは、両手の爪を弾丸のように撃ち出し、失えばまた伸びるのを待ちます。失っては作り直す身体の先端そのものが、身体に障害を持つ彼の運動になるのです。髪も爪も欲望の対象を待たずに自ずと伸びていく点は共通ですが、「手」の問題も相まって、鋭利な爪が引っかかります。

いずれにしても、僕の身体は意識の狭い枠を超えて、全身の微細な器官で、動かなく見える僕の「手」と同じく、じわじわとにじりよっているのです!そして、その動きにはまだ対象が定まっていない。だからこそ、同期し難い身体が髪や爪の先で偶然に触れ合うとき、目的をもって差し出した手とは全く違う電撃が走るのです。やはり「手」を繋ぐとき身体には何が起こっているんでしょうか…

※「伊藤亜紗・愼 允翼 往復書簡(5)」は、10月21日公開予定です

2026/09/01
大人になっても夏休みの宿題に追われる布団から
愼允翼より

Illustration: ワタミユ

  1. やはり共有資源としての「謎」を通じて「帝国主義」からの解放が必要なんです。鈴木悠平・愼允翼・伊藤亜紗「障害を『経営』する——ケア/労働/なりわいとしての重度訪問介護」閒-あわい-、2024年8月2日。https://awai.jp.net/blog/managing-disability ↩︎
  2. 当日の会場からの質問に答えての文脈だったので文字化はされてないですけど。抑制しながらのおしゃべりだったら、ここでバラシてしまってごめんなさい!『体の居場所をつくる』刊行記念トークイベント「体と居場所と物語」、代官山 蔦屋書店、2026年3月31日。https://gendai.media/articles/-/167313 ↩︎

愼 允翼(シン ユニ)

東京科学大学未来社会創成研究院 DLab+研究員。東京大学文学部卒、同大大学院人文社会系研究科修士課程修了。専門は18世紀フランス思想、特にジャン=ジャック・ルソーの教育思想。厚生労働省指定難病の先天性疾患・脊髄性筋萎縮症により24時間の介護が必要。現在は、身体障害と他者依存の問題を出発点に、自立的人間像の批判的拡張を目指している。ジャンル横断的な活動として、文学・思想・映像文化などを架橋する評論や対談も行う。著作には次のものがある。愼允翼「〈わかり合えなさの壁〉の向こう」、『GOAT meets 01』、小学館、2025年、145-149頁。愼允翼「第8章 なぜロマンチックは大事なのか ─私の記憶をめぐって」任龍在編『肢体不自由者の自立と社会参加』、博英社、2024年、183-216頁。鈴木悠平・愼允翼『介助とヒーロー: 『ラストマン ──全盲の捜査官』を2人で観る』、閒、2024年。2025年からは、愼允翼「ロマンチック障害私論」を連載中(『読書百景』、小学館)。その他メディア掲載多数。

粘り強い探究に臨床の視点も生かし、難病治療の未来を切り開く

整形外科領域における骨補填材の適用

焦らず確実に、かつ効率的に 病理診断支える標本作りを追求

研究と医療の架け橋となり、新たな医療技術の実用化に伴走する

伊藤亜紗・愼 允翼
往復書簡(2)

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