
「おててテトテト」物語
2026.9.3 Thu
東北大学病院は、オリジナルの手洗いソングを持っている。病院としてはやや異色だ。その手洗いソングは歌であるだけでなく、アニメーション作品となっている。楽しくて、見飽きることがない。そんなクリエイティブ・コンテンツをわざわざつくってしまうなんて、ちょっとヘンな病院かもしれない。
その歌の名は「おててテトテト」という。あなたは耳にしたことがあるだろうか。「おててテトテトテトトトー」という耳に残るキャッチーなフレーズに合わせて、手のひらを合わせたり、指を組んだり、手首をくるくるしたりしながら歌って踊っているうちに、正しい手洗いが身についてしまう。
YouTubeで視聴できるので、ぜひ見てみてほしい。2026年9月現在、再生回数は5万回を超えている。

(https://www.youtube.com/watch?v=HHjVdjuEHjE)
この歌が世にリリースされたのは2014年。作詞・作曲・歌を担当したのはNHK Eテレ「みいつけた!」のオフロスキー役などで知られる小林顕作さん。アニメーションを手掛けたのは、山形のデザインカンパニー、Akaoniだ。
いったい、なぜ、大学病院がオリジナルの歌を、しかも手洗いの歌を、わざわざつくったのだろうか? それも、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行がはじまりだした2019年末よりも早い時期に? その制作に込められた意図とは?
リリースからすでに10年以上を経た今、あらためて探ってみたい。
「病院に集められた知を
社会に伝えていかなければならない」
制作当時のことを思い出しながら語ってくれたのは、溝部鈴さん。このオリジナル手洗いソングの企画・プロデュースの役割を担った人物だ。現在は東北大学病院広報室の広報室長を務めているが、当時はまだできたばかりの広報室にやってきてまもない頃で、病院の広報という仕事をどのように機能させられるのか、試行錯誤していたという。
「きっかけを与えてくれたのは、当時、東北大学病院の総合感染症科科長だった賀来満夫先生です。賀来先生は、できて間もない広報室に期待を寄せてくださっていて、あたたかい言葉をいろいろかけてくださいました。そのなかで『病院というのは素晴らしい知がたくさん集まっている場所だからこそ、その知をひろく社会に伝えていかなければならない』という強い想いを打ち明けてくださいました」

photo:根岸功
賀来先生の専門領域である感染症は、一人の患者を治療すればいいというものではない。感染を防ぐためには、一人ひとりが正しい知識を持ち、社会全体で行動する必要がある。だからこそ、知識を病院のなかに囲い込んでおくのではなく、ひろく人々に伝えること、啓発することが、感染症医療の大切な仕事なのだ、という想いがあったのかもしれない。
そんな賀来先生の話を受け取った溝部さんの脳裏に浮かんだのが「手洗い」であったという。

photo:根岸功
「手洗いは誰にでもできるし、まいにちの暮らしのなかにあるもの。そして、それがときには命を守ることにもなる。それは、地域の高度医療の要としての病院である一方で、地域社会に暮らす一般市民のなにげないまいにちを支えてもいる東北大学病院の価値とシンクロしたように感じたのです」と。
「手洗い学」に裏付けられた
オリジナルの歌とアニメができた
「賀来先生といっしょに手洗い歌をつくりたいです、とご本人に伝えたら、賀来先生はまさにその場でホワイトボードに手書きしながら1時間にも及ぶ『手洗い学』の講義をしてくださいました」と溝部さんは言う。
そのホワイトボードに書きだされたものを写真データとして記録した溝部さんは、それを素材として小林顕作さんに送った。そして後日、小林さんはそれをもとに作詞・作曲、さらには振り付けまでして、自身が踊っている動画を溝部さんに送り返してきた。
♪おてて テトテト テトトー/
てとてを あわせて ごあいさつ/
ゆびで ばってんをして/
つめを あつめて/
おやゆびも おわすれなく/
「手洗い学」に裏付けられた正しい手洗いの手順が、説明的ではなく、言葉遊びやリズムや身体の動きへと変換されていた。溝部さんは、その動画素材をさらに今度は「アニメーションにしてほしい」とAkaoniに依頼した。こうして、病院のなかにあった感染症予防という医学の知が、ひとつの歌になり、踊りになり、そしてアニメにまでなっていった。


病院を飛びだし、
保育園へ、社会へ
溝部さんから「おててテトテト」完成の報告を受け、賀来先生はとても喜んだという。しかし、賀来先生はそれだけではなく、つぎなる手を打った。大学病院の総合感染症科で劇団チームを結成してしまうのだ。そして、子どもたちに手洗いの啓発をするために、病院を飛びだし、劇団一座となって子どもたちのまえで演劇をして、最後にみんなで「おててテトテト」を歌う、というパッケージをつくりあげた。
当時のその様子のレポートは、東北大学病院Webサイトにいまも記録されている。
「オリジナル手洗いうた「おててテトテト」をつくりました」
「説明的でなく、とてもわかりやすい」「こどもたちにも楽しさが伝わる」「うちの保育園でもやっていただけませんか」そんな反応がいくつも寄せられたという。

そして時が流れ、それから5年ほどのちの世界では、新型コロナウイルス感染症が流行した。誰もがあらためて手洗いを意識するようになった時代に、テレビ局から東北大学病院に問い合わせがあった。
「おててテトテトを流させてください」
感染拡大によって企業の広告出稿が減少していたその時期、テレビのCM枠で「おててテトテト」が繰り返し放送されるようになった。2014年につくられた1曲の手洗い歌を、6年後のパンデミックの世界が必要とした。でも、ほんとうは、そういう世界が来ないようにという願いのもとにつくられた歌でもあったのだが。
伝える、歌う、表現する、
新しい医療の試み
「みんなに病気にならないでほしいわけですから、病院というのは、そして医療従事者というのは、本当は啓発したいと望んでいるのです」と溝部さんは言う。
病気を治したい。けれど、そのまえに、できることなら病気にならないでほしい。一方で、医学の知識を難しい言葉ではなく、やさしく伝えることというのはかんたんではない。日々患者に向き合う医療従事者にとっては、それにチャレンジする余裕をつくりだすことすらむずかしい、とも。
「おててテトテト」は、専門的な知識を、子どもたちにも伝わるやさしい言葉や表現へと変換する試みだった。「病気にならないでほしい」という医療従事者の想いの翻訳でもあった。「新しい医療をつくる」を掲げる東北大学病院が、知識を表現に変え、「おててテトテト」をつくったのは、それもまた新しい医療のかたちのひとつだったのかもしれない。なにげないふつうのまいにちのなかで、「おててテトテト」が今日もふと口ずさまれている。そんな風景にも、医療はちゃんと潜んでいる。
Text:空豆みきお(Akaoni)
東北大学病院 オリジナルてあらいうた「おててテトテト」
作詞・作曲・うた:小林 顕作(オフロスキー役のひと)
編曲:佐藤 慶之助(P-CAMP inc.)
演奏:上原 なな江
レコーディングエンジニア:川島 隆
サウンドプロデュース:鮫島 充(P-CAMP inc.)
アニメーション・アートワーク:小板橋 基希(アカオニデザイン)
監修:賀来 満夫(東北大学病院 総合感染症科 教授 ※2014年当時)
企画・制作:東北大学病院
OTETE TETOTETO
©2014 Tohoku University Hospital