TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

東北大学医療系メディア「ライフ」マガジン

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〔いのち)の可能性をみつめる

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伊藤亜紗・愼 允翼
往復書簡(2)

伊藤亜紗(美学者・東京科学大学教授)
愼 允翼(東京科学大学研究員)

手は、誰にとっても身近な存在でありながら、その経験のあり方は決して一様ではありません。触れること、動かすこと、感じること。私たちは日々「手」を使いながら生きていますが、その手をどのように経験しているのかを言葉にする機会は、案外少ないのかもしれません。

今回の特集「手」では、美学者・伊藤亜紗さん(東京科学大学教授)と、SMA(脊髄性筋萎縮症)とともに生きる研究者・愼 允翼(シン・ユニ)さん(東京科学大学研究員)による往復書簡をお届けします。

それぞれの身体経験を手がかりに、「手」がひらく世界について考えていきます。深い個別性のなかから立ち上がる、人間の身体と関係のありように耳を澄ませる、全6回の往復書簡です。

▶ 往復書簡(1)はこちら

第2回:愼 → 伊藤

伊藤 亜紗 さま

お手紙ありがとうございます。ゲーテの原点が人形劇にあったというお話に、悦ばしい気持ちが溢れました。というのも、僕の原点にも「三国志人形劇」があるからです1。糸を引かれて舞台で操られる、という人生の素朴なイメージ。そして、障害を認識しつつ、はじめの一歩を踏み出そうとしていた幼少の僕。このような身体としてあることの理由はわからないけれど、何らかの物語が紡がれていくうえで重要な役割が与えられているのだ、という意味づけ。このちょっと恥ずかしいオリジンの解釈を通じて、ゲーテとの繋がりを感じ、ニヤニヤしています。

ゲーテといえば、かのファウストに託して手のメタファーを次のように語らせています。「最大の仕事をなすためには、千の手に、ひとつの頭があればよい」2。これは、介助者という他人の手に依って生き、さらに多くの手に助けられて科学大での仕事に参与する僕に向けられた励ましと思われます、なんて。ただし、いまの僕はファウストと真逆にみえるルソーの教えを改めてかみしめるのです。「⾃らの意志を果たす唯一の者とは、自らの意志を果たすために、他⼈の両腕を⾃らの両腕の先につなぐ必要のない⼈なのだ」3。つまり、手を差し伸べてもらうだけでなく、差し伸べることもできる身体を構想し、受肉したいと。だから、最近の僕はこう問いかけながら日々を過ごしています。不能とされてきた身体の能力をいかに目覚めさせるか。

かつて「帝国主義者」という喩えを通して語り合った事柄4は、いま再び問い直されるときが来たようです。つまり「表現器官としての手」は、社会的な人柄を身振り手振りの記号にのせる、という以上の複雑な事象を抱えているのです。そこで今回は僕の「運動器官としての手」と「感覚器官としての手」を経由して、その神秘を一緒に見出しなおしたい。嬉し恥ずかし、ドキドキの旅路です。道中、微妙に動いている指のみならず、長袖に隠した僕の腕もまたチラ見され、僕は微笑み返すでしょう!

さっそくですが、ごく簡単に二つの手についての自己紹介をしてみます。

第一に、運動器官としての手。かの者はしばしば医学書や無関心のせいで無能力、沈黙の者と思われていますが、伊藤先生も指摘して下さったように、ごくわずかな指の動きや引く動きを通じて、たくさんの仕事を集約して果たすことができます。マウスを動かすこと、電動車いすを運転すること、手を握り返すこと。

第二に、感覚器官としての手。かの者は昼夜を問わず常に騒ぎ続けております。座面との接触が居心地悪い、蚊に刺されてはかゆい、指輪の重さを感じる。そして、運動器官としての機能が相対的に低い僕の「左」手は、とりわけ興味深い力を備えています。触れられる(受動の)ときに、こちらからも触れられる(能動の)能力を発動させるのです。痺れが電撃となって全身の存在感を想い起こします。

ちなみに僕の皮膚は、ふわもちとぅるりん、としているらしい。直接の作業量は少なくとも、よく汗ばんで生きているようです。もとは手ではなく足の話なんですが、運動と感覚の器官の問題は四肢の問題だとも思われますので。

言葉と記号を免れた沈黙の手には及ばないにせよ、「手の言語」という謎にこれから少しでも一緒に肉薄できればと存じます!

※「伊藤亜紗・愼 允翼 往復書簡(3)」は、8月19日公開予定です

2026/07/03
夕陽の見えるベッドソファに寝転んで
愼允翼より

Illustration: ワタミユ

  1. 愼允翼『ロマンチック障害私論 なにもそこまでして酒を飲まなくてよいのではないか#2 三国志の話』、連載『読書百景』、小学館、2025年。
    https://dokushohyakkei.com/n/n5d8f34824884 ↩︎
  2. ゲーテ『ファウスト 第二部 抄』粂川麻里生訳、大宮勘一郎編『ポケットマスターピース02 ゲーテ』所収、集英社、2015年、685-686頁。 ↩︎
  3. ルソー『エミール (上)』今野一雄訳、岩波書店、1962年、145頁。以上を踏まえて、原文より私訳。 ↩︎
  4. 伊藤亜紗『体の居場所をつくる』、朝日出版社、2026年、90-117頁。 ↩︎

愼 允翼(シン ユニ)

東京科学大学未来社会創成研究院 DLab+研究員。東京大学文学部卒、同大大学院人文社会系研究科修士課程修了。専門は18世紀フランス思想、特にジャン=ジャック・ルソーの教育思想。厚生労働省指定難病の先天性疾患・脊髄性筋萎縮症により24時間の介護が必要。現在は、身体障害と他者依存の問題を出発点に、自立的人間像の批判的拡張を目指している。ジャンル横断的な活動として、文学・思想・映像文化などを架橋する評論や対談も行う。著作には次のものがある。愼允翼「〈わかり合えなさの壁〉の向こう」、『GOAT meets 01』、小学館、2025年、145-149頁。愼允翼「第8章 なぜロマンチックは大事なのか ─私の記憶をめぐって」任龍在編『肢体不自由者の自立と社会参加』、博英社、2024年、183-216頁。鈴木悠平・愼允翼『介助とヒーロー: 『ラストマン ──全盲の捜査官』を2人で観る』、閒、2024年。2025年からは、愼允翼「ロマンチック障害私論」を連載中(『読書百景』、小学館)。その他メディア掲載多数。

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