ブックレビュー『土門拳の風貌』
土門拳 著
クレヴィス、2022年
2026.7.28 Tue
本書は、写真家・土門拳によるふたつの写真集『風貌』(1953年)と『日本名匠伝』(1974年)の作品をあらたに編集したものである。
この写真家の名まえには「拳」の文字がある。すごい名まえだと、目にするたびにいつも思う。拳は「手」ではあるが、ただの手ではない。5本の指を手のひらのまんなかにグッと寄せ集めることでできあがる、グーの状態のことであろう。痛みやつらさをこらえるときにできるものとも言えるし、殴りあいのときにつくられるものとも言える。さまざまある「手」に関連する言葉のなかでは、戦闘的なニュアンスが感じられるものである。いちど拳をつくってしまえば、ひとは握手することもできないし、手を振ることもできない。他者とやさしく触れ合うことはむずかしい、そういう手である。事実この写真家の性格が語られるときには、「激情型」であるとか「妥協を許さない」とか「被写体を怒らせる」とか、かなり強烈な個性であったことを窺わせる話題が多い。本書の写真にも、まるで決闘でもしたかのような緊張感を湛えているものがいくつもある。
数ある土門拳の著作のなかからこの本を選んだのは、表紙写真に理由がある。土門拳そのひとと、そのひとの手が写っていたからだ。カメラをガッシリと握りしめているその両の手の指の、なんと太く、ぼってりしていることだろうか。その太い右の人差し指はカメラのシャッターボタンの上にあってまさに押す一瞬を待っているようである。おでこに皺を寄せて、ファインダーを覗く目は細まって、その一瞬の到来を逃すまいとしているかのようでもある。カメラという道具を扱う写真という芸術は、光の芸術でもあろうから、その仕事では目が大切だろう。しかし同時に、道具を扱うのは手であるから、目と手の芸術なのだろう、という気もする。目は手となり、手は目となる。それが写真という営みなのかもしれない。
土門の手は、写真を撮った。文章も書いた。見飽きることのない写真である。切れ味の良いテキストである。土門は山形、酒田に生まれたひとである。東北という厳しい土地と、被写体のありのままに迫ろうとする土門の写真は、たしかに深く繋がっている、という気がした。
Text 空豆みきお
Photo 三浦晴子